第7話「エミリアの旅立ち」

 ザァァン……。

 ズザァァァアアン……。


 リリムダの街からでで、水門を抜けた先は、広い広い、広い荒野であった。


 乏しい植生の中に、所々湿地が顔を覗かせており、その周囲だけは豊かな緑に包まれている。


 北の魔族領ほどではないが、この地方も寒い土地だ。

 決して豊かな土地ではなく、育つ作物は限られている。


 遠くの方に見える疎林もそのほとんどが低木ばかりで、その脇には見たこともない大きな獣が川を下るエミリアを興味深そうに見ていた。



 ポンポンポンポンポンポンポン……。



 合衆国海軍の装甲艦が立てる軽快なエンジン音だけが、荒野に響いている。


 いや、違うか───。


 船上の一番高い場所で、エミリアはゴロンと転がっていた。


 視線の先には太陽が輝き、薄い雲のベールを纏っている。


 手を翳して太陽を遮ると、ソゥっと目を閉じた。


 ………………………ジッと耳を澄ませる。


 あぁ、やっぱり───。


 風の音───。

 水の音───。


 そして、


 キィキィキィ……。

 クゥーァ、クゥーア……。


 ピチチチチチッ───!


 あぁ、聞いたこともない鳥の声───。


「ふふふふふふふふふ」


 あはははははははは。


「あははッ♪」


 マントだけを体に掛けたエミリアは、スゥと目を開け───翳していた手を太陽に伸ばすと、それを掴むようにして………握った。


「知らなかった───……」


 そう、世界は広い。


 狭く、寂しい魔族領だけが世界ではない。

 寒く、貧しいダークエルフの里だけが世界ではない。


 魔族が滅びて、初めて世界に出ることになったエミリア。


 残酷で、理不尽な世界───。

 だけど、それだけが世界ではない。


 きっと、もっと、どこかにエミリアの知らない優しい世界があるかもしれない。

 帝国と魔族領だけじゃなく、もっと優しい人達に住む世界や国が───。




 パァン!!!!




「ぎゃああああああ!!」


 数時間ぶりに聞いた銃声。

 リリムダの街を出てしばらくは、数発ほどあったものの、それもしばらく途絶えていた。

 

「……仕留めた?」

『ハッ! 一人です』


 身体を起こしたエミリアの視線の先には、ライフルに撃ち抜かれたのか、まだ息がある不様な芋虫の様にもがく帝国兵が一人。


 恐らくリリムダに駐屯して、無謀にも接舷上陸を挑んできた連中の生き残りだろう。


 指揮官の敗北をみて、いち早く脱出した彼らは、一目散に帝国の領域に向かって逃げ出していた。


 リリムダはここいらでは大きな町だが、元は辺境の街。

 隣と言っていいのか分からないが、近隣都市からは徒歩で2、3日はかかるという土地だ。


 だからこそ、魔族領開拓の最前線として栄えていたのだが───。

 もう、どうでもいいことね……。


 エミリアは囚われていた魔族城から逃げ出すときに、あの帝国軍の騎兵将校から得た情報の一つとして、帝国の地図を思い浮かべる。


 エミリアの目的は復讐だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 だから、大事なのはその順番。

 まずは──────。


 ロベルト。

 賢者ロベルト───。


 生粋の帝国人で、上位の知識階級。

 現在は、都にて帝王の補佐をしているらしい。


 ……そう、一番最初に仕留めようと考えた勇者パーティの一人は、帝国の都市に住んでいるのだ。


 彼とエミリアの繋がりは薄い。

 エミリアは所詮は勇者のペットだったのだから当然のこと。


 しかし、勇者パーティにいた頃は、エミリアとも、多少なりとも交流があった。


 細目で色白、……知識人を気取ったクソ野郎だったっけ。

 とはいえ、エルフを忌み嫌うドワーフのグスタフとはほとんど口もきかなかったし、森エルフのサティラも同じくダークエルフを忌み嫌っていた。


 そういう意味では、まだマシ・・な部類ではある。


 ダークエルフと魔族を喜々として殺していた人間をマシと思わなければならない程、連中はクソの塊であったわけだけどね。


 いずれにせよ、居場所がはっきりしているのは帝国都市部にすむロベルトと、ドワーフの鉱山に住むグスタフ。そして、大森林の神殿にすむサティラだ。


 あと二人───ルギアと勇者シュウジの居場所は誰も知らなかった。


「まぁ、いいか。どの道───人類と私の戦い……。いずれ、どこかでぶつかるに違いない」


 ……そうだ。


 ダークエルフの私が生きていることを、ハイエルフのルギアは良しとしないだろうし、ルギアと結婚するというシュウジも一緒にいる可能性が高い───。


 可能性……。


 シュウジ──────……。


 あぁ、シュウジ。


「会いに行くよ───愛しい人……」


 エミリアに掛けられた洗脳は、骨の髄にまで沁み込んでいるらしい。


 人類を滅ぼしたとしても、最後の最後でシュウジを殺すのを躊躇ってしまうかもしれない。


 愛していると囁かれれば即座に股を開いてしまうかもしれない。

 間違いなく殺意もあると言うのに……。


 それでも……。

 それでも───。


「それでも、愛しているよ───シュウジ」


 だから、殺しにいくね。

 愛しているけど、殺しにいくから……。


 いや、違う。

 愛していてもいいんだ。


 愛があれば殺せないわけじゃない───。

 愛ゆえに殺そう──────。



 そうだ。


 そうだとも、

「───殺したいほど、愛しているよ……シュウジ」


 ふふふふふふふふふふふふふふ。


 太陽のような存在。

 温かく、優しく、強くて、とても綺麗なシュウジ……。


 エミリアは再び太陽に手を伸ばし───。




 さぁ、待っていて…………。



 

 必ず殺してあげるからね。


 私の愛しの勇者さま。







 うふふふふふふふふふふふふふふふ。





 ───太陽を握りしめた。

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