第58話

「話し変わるけど、カレシのこと、決心ついた?」

「ううん、まだ心の整理がついてないって言うのが本音。でもそろそろ白黒はっきりさせないといけないから、葉月が言ってたように誘いの電話をしてみようと思ってる。ねえ、もし仮に亮太を呼び出したとして、彼がメモリーを見せろって言ったらどうしたらいい?」

「バカねぇ、そんなの決まってるじゃない。本当に来るかどうかわからなかったから、きょうは持って来なかった、って言うのよ」

 葉月はカウンターに肱をついたまま、メンソールのタバコに火を点ける。

「なるほど、葉月頭いい」私は何度も点頭しながら感心した。

「向こうは欲しいに決まってるんだから、そこを利用して何度も呼び出すってわけ」

「したたかだわァ、葉月って」

「誤解しないでよ。これは他人事だから冷静かつ客観的に見てそう言ってるだけなんだからね。これが我が身ならそうは行かないかも」

「上手くやれるかどうかわからないけど、何とか頑張ってみる。ありがとう、いろいろちからになってくれて」

 沸々と湧き上がってくるヒロイックな気持を抑えて、私は葉月の顔を見る。

「なにしおらしいこと言ってるの、そんなんじゃ相手に丸め込まれちゃうよ。ひとつ忠告するけど、電話は非表示でね。でないと、あんたとわかったら着拒されちゃうからね」

 どこまでも沈着な態度と、間髪入れずに返す言葉の端々に、いままでに見たことのない葉月の隠されていた部分を垣間見たような気がした。

 突然葉月は店主に焼酎のお湯割を頼む。置いてけぼりにされた私はあっけに取られる。

「大丈夫?」

「大丈夫。きょうは飲みたい気分。いいの、この前のお返しに右花に介抱してもらうから」

「そんなァ」と、私は顔を顰める。

「冗談よ、冗談。ちゃんと自分の規定量をわきまえているから。あんたとは違うわよ。すいませ―ん、焼き鳥三本くださーい」

 と冗談めいた口調ですぐ目の前にいる店主に頼む。私も葉月の勢いに圧されて生ビールのお代わりとポテサラをお願いした。


 葉月は余程気分がよかったのだろう、この前の私とは違って最後まで潰れることはなく、巣鴨の駅でちゃんと電車に乗って帰って行った。私は次の駒込で降りると、アパートに着くまでの間に、亮太への電話での話し方を声を出して反復した。たまたま向こうから歩いて来た男の人が私を一瞥すると、擦れ違い様に小首を捻りながら怪訝な顔付きで去って行った。あとから顔のあたりが熱くなるのを覚えた。

 部屋に帰って灯りを点け、リビングの床にちからなく腰を降ろす。部屋中の空気という空気が圧縮されて部屋の隅に追いやられたと錯覚するくらい息苦しい。深く目を瞑る。幻想のような影が通り過ぎた。冷蔵庫のミネラルウーターをひと口飲んだあと、スマホを手にして気持を落ち着かせるのに何度も深呼吸する。

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