第13話
「できるよ。亮くんなら絶対できる。もし覚えたかったら私が先生になってあげるから」
私はマジでその気モードになってきている。
「ねえ、覚える気ない?」
「いや、興味なくはないけど、俺の性分には合わないからいいよ」
亮太は、細かく首を横に振りながら本気になって拒絶している。亮太の性格からしたらそれも不思議じゃなかった。正確がまったく正反対の私たちは、私が理系とするならば亮太は文系。どっちかと言うと計画的に物事を進める私に較べて、自由気ままに行動する亮太。気がついた時、そんな亮太に私はいつしか惹かれてしまっていた。
亮太はふうっと大きな溜め息を吐きながらごろりと床に寝転がった。顔の上に腕を載せたまま黙っている。
「亮くん、酔っ払っちゃったの? 大丈夫?」
心配になった私は亮太の顔色を窺おうとするが、腕に隠れて思うように見えない。ワインのボトルに目をやると、残りが三分の一になっていた。やはり飲み過ぎたに違いない。酔わせたのは私のせいだと後悔しつつ、亮太とワインボトルを交互に眺めた。
「大丈夫だよ、少し寝れば元通りだ。心配しなくていいよ」
「だったらいいけど……。でもそんなとこで横になったら風邪ひくといけないから、向こうのベッドで寝たら?」
亮太の躰のことが気になって、すでに私の頭の中には亮太との甘い時間のことなど微塵もなかった。無理やり腕を取って立ち上がらせ、ベッドルームに連れてゆく。この時の亮太はいつになく子供のように従順だった。私は亮太の胸に蒲団をかけたあと、そっと部屋を出た。
パソコンのメールを確認する。三十ほど届いていたが、どれもおかしなメールばかりでちゃんとしたのは一通もなかった。メル友はほとんど携帯に送ってくるので、余程のことのない限りパソコンのほうには送ってこない。
咽喉が渇いているのを思い出し、冷蔵庫のドアを引き剥がすようにして開けると、最後の一本になったミネラルウオーターのボトルを取り出し、グラスに移さないまま音を立てて咽喉の奥に流し込んだ。冷やりとした感覚がすべての時間をリセットしたように感じた。
部屋の中を静寂が帷のように包み込んでいる。とても亮太が隣りの部屋で寝ているとは思えないくらいだ。本当にいるのだろうかと思い、ドアを細めに開けて覗いてみる。明かりのない部屋はまるで倉庫みたいだったが、ベッドに躰を長める亮太の輪郭がぼんやりと映り、軽い寝息が聞こえた。そっとドアを閉めた時、ふと突然自分が母親になったような気がしてきて、思わずくすりと笑ってしまった。
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