第12話

「きょう右花んとこに泊まっていいか? 明日バイト午後からだし……」

「いいよ。だってアルコール飲んじゃったから運転できないじゃん」

 私は仕方なさそうに言ったが、内心は嬉しかった。時間を気にせずに明日まで亮太と一緒にいられるからだ。亮太はここに泊まると必ず私の躰を求めて来る。きょうの私は記念日ということもあったが、プレゼントをくれた亮太に応えたいというのが片隅にあった。

「うん」

 亮太はもうずっと前からそうするつもりだったのだろう、平然とした顔でビールを飲み続けている。私は台所に立つと、スパゲティを拵えにかかった。そんなに時間はかからない。パスタを茹でて、レトルトのソースを温めて和えれば完成だ。その間にワインの栓を開けておくように亮太に頼んだ。

 再び乾杯をする。亮太のお皿にはぶっ細工な格好でスパゲティが盛られている。食欲旺盛な亮太のために大盛りにしたのでお皿とのバランスが極めてよくない。でも亮太は満足げな顔をしながらフォークを手にした。

 もう少しゆっくり食べてくれればいいのに、何かに急かされてでもいるかのように矢継ぎ早にスパゲティを口に搬ぶ。なぜかこっちまでが釣られてしまって話をしたくても言葉を挟む余地がなかった。


 ものの五分ほどで大盛りのスパゲティをお腹に納めた亮太は、ふうと大きな息を吐いてタバコに火を点ける。私が食べ終わるまで待って欲しいと思ったが、言おうとした時にはすでに火が点いていた。

「右花のやってるCADっていうのって、結構難しいものなのか?」

 烟を吐き出したあと、ワインの入ったグラスを手にしながら訊いた。

「うーん、難しいって言えばそうだけど、基本的に図形を描く道具だから。つまり線を引いたり、円を描いたりするんだけど、会社ごとにレイヤーとか線の色とか数多くのルールがあるからそれを覚えるまでが大変で、でも一旦頭に叩き込んでしまえばあとはそれほどでもないわ」

「レイヤー? レイヤーって何」

 亮太は灰皿にタバコを圧しつけながら顔を上げた。

「ごめん。レイヤーってのはね、透明なフィルムだと思ってくれたらいい。例えば、一枚目に『赤』と書いたとするじゃん。二枚目に『ワイン』と書いて重ねたら『赤ワイン』になるでしょ? 私がやってるのは建築CADだから、同じように壁とか窓とかドアとかを別々のレイヤーに描いていって全部を重ねると建物の平面図ができるっていうわけ」

 私は説明をしながら、前にも同じ説明をしたのを思い出した。確かに口で説明しただけでは理解不能かもしれない。

「ふうーん、何か面白そうだな」

 ロングヘアの頭をボリボリと掻きながら呟くように言った。

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