第49話

 誕生日にバラの花とイエローキャンドルをプレゼントしてくれた亮太なのに、なぜそこまでして私を避けるのか理由が判然としない。まるで出口のない迷路を彷徨しているようだ。この連絡方法がだめだとしたら、あとは何があるのだろう……。 まったく思い当たらない。いっそ葉月に相談してみようかと思ったが、これ以上彼女を私のごたごたに巻き込みたくないとも思った。飛ぶのを忘れた鳥のように気持が逡巡する。そんなことを考えながらガラステーブルの一輪挿しに目を遣ると、バラの花が悄然と項垂れている。何もかもが終ってしまった気がした。覇気のないバラの姿を見るのが嫌で、一輪挿しから抜き上げると、八つ当たりでもするかのようにゴミ箱に投げ入れた。


 さすがの私も今朝ばかりは目醒めがよくなかった。全身に鉛の錘を結わえられたように躰が沈んだままで、すぐにはベッドから出られなかった。

 何とか自分に言い含めて出勤したものの、思うように仕事が捗らなくて、このままではだめだと叱咤して頭を切り替えようとするが、どうやっても無理だった。定時に帰らせてもらおうと思ったが、仕事がピークに差しかかってきているので、私的な理由で帰るなんてとても言い出せなかった。

 日曜日なった。仕事に追われている私には関係のないことだが、世間では昨日あたりからゴールデンウイークに突入した。連休明けまでとても待っていられない。私は前から心に決めていたことを実行するのに午後から外出をする。行き先は他でもない、亮太の住んでいたアパートである。先週の日曜日に葉月を誘って来たけれど、気持を整理する意味もあってもう一度、今度は自分の耳で確かめたかった。

 迷うことなく103号室のドアをノックする。返事がなかった。別にアポを取ってここに来たわけではないので、留守ならそれはそれで仕方がないことだ。もう一度ノックして返事がなければ出直そうとして拳を上げた時、ふいに返事と同時に細く開いた。私が遠慮がちな声で訪問した理由を説明すると、警戒心を解いたのか、顔の幅ほどにドアを開けた。

 迷惑そうに顔を覗かせた住人は大学生らしくて、ぼさぼさの頭と目蓋が半分閉じたままの姿からすると、寝起きそのものだった。

「お憩みのところすいません」

 私はその姿を見てついそう言ってしまった。

「あのう、先週もお伺いしたんですが、その後何か変わったことなかったでしょうか?」

 不躾とは思ったが、自分の気持にけじめをつける意味において、どうしても訊いておかなければならなかった。

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