第26話

 その建築事務所は品川の駅近くにあった。場所を聞いてあったので直接先方のビルのエントランスで派遣会社の担当者と十時十分前に待ち合わせをする。目的の高層ビルは建って間もないらしく、窓ガラスが朝日を反射して眩しいくらいにキラキラと耀いていた。

 久しぶりの面接に少し緊張気味になりながら待ち合わせ場所に急ぐ。息を切らしてビルの中に飛び込んだが、幸いまだ担当者の姿はなかった。

 二、三分して現れた担当者とロビーの片隅で簡単に打合せを済ませ、十五階のオフィスに向かった。ドアを開けて中に入ると、さすがにデザインの仕事に携わっているだけあって、インテリアはセンスがいい。カウンターに置かれたタッチパネルで連絡を取り、そのまま立って責任者を待つ。やがて右手にシャープペンシルを持った神経質そうな中年の男性が姿を見せた。

 軽く挨拶を済ませると、個室の打合せ室に通され、面接がはじまった。私は神妙な顔になりながら両手を膝の上に置いたままで先方の話を聞いた。気持的には一ヶ月間だったら、多少気に入らないところでもやれる自身はあったから、先方さえ了承してくれたなら私はすぐにでもOKを出せた。

 話が順調に進み、とりあえず採用の方向で決まりそうになった時、私は事務所の中を見せて欲しいと頼んだ。責任者の男性は快く返事をすると、丁寧に社内を案内してくれた。

 ひと通り見て廻ったあとの印象は、社員が三十名くらいの建築事務所で、この前まで勤めていた建設会社の設計部と大差なかった。別にそれが気持を左右するということはなかったが、ちょっともったいぶって格好をつけてみたのだ。

「ひとつお訪ねしてもよろしいでしょうか?」

 私が切り出すと、派遣会社の担当者は、何を言い出すのかと不安げな顔を見せた。

「何でしょう」

「服装についてなんですけど……」

「別に規定はありません。作業しやすいスタイルで結構です」

「そうですか。例えばジーンズのようなものでも……」

「ええ、構いませんよ。でも幾らファッションといっても、破れたようなのや、擦り切れたようなのは遠慮して下さい」

 責任者の男性ははじめて笑った。

「はい」私はほっとしながら返事をした。

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