第11話

「右花、チーズ欲しくないか?」

「いいけど、私あんまりチーズに詳しくない」

「俺もそうだ。けど、せっかく赤ワイン買ったから、チーズがあったほうがいいかなと思ってさ」

 亮太はビニール袋を両手で開けて中を見せる。袋の中には赤ワインと半ダースのビールが入っていた。

「だったら、モッツァレラにしようか。千切ってサラダに入れたらおいしいかも……」

「わかった。じゃあそうしよう」

 亮太が自販機でタバコを買っている時、スマホにLINEが入った。派遣先の建設会社で仲よくなった小宮葉月こみやはずきからだった。別にたいした内容じゃなかったけれど、葉月は時々この手のトークを送信してくる。そういう時は決まって暇を持て余している時だ。放って置くのも気になるので、適当な文章を拵えて送った。

 ふたつのビニール袋を原チャリの荷台に載せながら私たちは歩き出した。アパートを出た時よりも日陰が長くなっている。朱い西日が最後のちからを振り絞るようにマンションの外壁を照らしている。買い物を済ませた主婦が急ぎ足で追い越して行く。子供たちが歓声を上げながら駆け足で家路を急ぐ。どの光景も一日が終焉に向かっていることを報せていた。でも、私たちはこれから時間をかけてゆっくり愉しもうとしている。そう考えると胸がわくわくしてきた。

 アパートに戻ると、まずはじめにサラダの準備をし、ラップをして冷蔵庫に。ベーコンを充分に炒め、そのあとソーセージを焼き、鶏の唐揚げを電子レンジで暖めた。

「もうすぐ食べられるから、食器棚からグラス出してくれる?」

「もうできたのか、吉野家みたいだな」

「何、それ」

「いいから、いいから。グラス出せばいいんだろ。ワイングラスはあるのか?」

 亮太は食器棚の中を一生懸命覗き込みながら訊いている。

「ないわ。普通のグラスじゃだめ?」

「仕方ないな」

 サークラインの紐を引っ張って灯りを点ける。窓からの空は神秘を湛えたコバルト色に染まっていた。

 リビングのガラステーブルに料理が並ぶ。亮太は冷蔵庫から缶ビールを取り出して来る。

「さあ」と言いながら私のグラスにビールを注ぎ入れたあと、自分のにも注いだ。

「誕生日、おめでとう、右花」

「ありがと」ふたりは同時にグラスを呷った。

「これが二度目だね。去年は焼肉だった。早いね。あっという間だね」

 私は一年前のことを想い出しながらしみじみと言った。

「もうそんなになるかな」

 そう言った亮太の顔を見た時、私たちのこれからはどうなるのだろうかという不安が脳裡を掠めた。亮太は私のことをどう思っているのだろう? これからのことをどう考えてるのだろう? 

「何考えてる?」

「ううん、別に。時間が経つのって本当に早いなと思っただけ」

 亮太はビールを取りに冷蔵庫に向かった。

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