第20話
幼き頃の邂逅に浸りながら何度も想い出のページを繰っていた時、階下で私を呼ぶ母の声がした。大きく返事をした私は、建付けがわるくなった窓を未練がましく閉め、カーテンを元に戻すと部屋を出た。足を滑らせそうになりながら急な階段をとんとんと降りる。台所に顔を見せると、「お父さんたちが畑から戻ったよ」と母は煮物の鍋を掻き廻しながら私に告げた。道具を車から降ろしてでもいるのだろう、犬丸が頻りに甘え声で吠えているのが聞こえる。
「右花、ちょっとお風呂の様子を見て来てくれないかい。もうそろそろいっぱいになってる頃だろうから」
「わかった」
私は腕捲りをしながら風呂場に向かった。
湯を止めて風呂場から出てきた時、玄関先が賑やかになった。父たちに違いない。
「お父さん、お帰り。お風呂入れるから」
私は笑顔で走り寄った。その声に長靴を脱ぎかけていた父が愕いた顔になり、
「おう、帰ったのか?」と式台に腰掛けたまま言った。
「うん。あっ、お兄ちゃん、お疲れさん」
「右花、元気だったか?」
兄は久しぶりに見る私の顔をまじまじと見ながら訊ねた。
「元気だよ。ほら」
私は腕を屈伸させながらおどけて見せた。そこへ躰についた埃をはたきながら玄関に義姉が姿を見せた。
「恵子さんご無沙汰してます」と私。
「こちらこそ」
義姉は軽く会釈を返し、それだけ言うと父と兄の脱いだ長靴を手にして慌ただしく外に出て行った。
父と兄は一風呂浴びて汗を流したあと、食卓テーブル兼用のコタツ入り、先ほど母が拵えていた野菜の煮物ととアジの刺し身でビールを飲みはじめている。
父は床の間を背にした上座で、九十度隣りに兄夫婦。その向かいが母と私が坐る場所と決められている。以前は兄の隣りに私が坐っていたのだが、結婚してからは母の隣りに移った。
母に言われて卓上コンロをコタツ板の上に据えていると、すぐ後ろから母が肉の盛られた皿と野菜の皿を両手にしながら座敷に入って来た。母がコンロの火を点けてすき焼きの支度をはじめた時、義姉の恵子が食器類をお盆に載せて搬んで来た。
食べ頃になった肉を、母は手際よく父と兄の取り分け、そのあと私にも取り分けてくれた。私は母と義姉が揃うまで箸をつけるのを待っていると、
「右花、早く食べないと肉が冷たくなっちゃうでしょ。ちょっと遅くなちゃったけど、あんたの誕生日だから、遠慮しないでうんと食べな」
母は新しい肉を次々に鍋に入れながら言った。
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