第28話
食べるのをちょっと控えめにしないと、このままでは脂肪の貯金箱になってしまう。エネルギー不滅の法則からすると、食べなければけして肥満になることはない。食べたければその分消費すればいい。理屈はわかっているのだが、もうひとりの私が許さない。
キッチンでカップラーメンを拵えている時、スマホが私を呼んだ。きっと葉月に違いないと思い、それほど慌てることなくスマホを手にすると、葉月ではなくて派遣会社からだった。担当者は、建築事務所から連絡があって、来週の月曜日から来て欲しいとのことだから、九時に先方に行くように、と事務的な口調で伝えた。
私はついつい明るい声で返事をしてしまう。以前のことなどまったく頭の中から消えていた。
こそこそと部屋を片付け、一時間半ほどしてアパートを出る。恵比寿の駅に着いたのは約束の時間より十五分ほど早かった。まだ葉月は来てはいないとは思ったが、とりあえずあたりをぐるりと歩いてみる。同じように待ち合わせをしている男女の間に葉月を求めたがやはりどこにもらしき姿はなく、どうせ葉月は時間ぎりぎりにしか来ないと思った私は、あまり離れない程度に散策をしはじめる。
結局葉月の顔を見たのは、約束の四時を十分も過ぎてからだった。
「ごめん、ごめん。そんなつもりじゃなかったのに……」
葉月は口ではそう言っているが、心の底から謝罪しているようには受け止められなかった。
「気にしなくていいよ、私もついさっき来たばかりだから」
私はさらりと言った。実際には三十分ほど前に着いていたが、自分が勝手に早めに来ただけのことで、葉月には関係のないことだからどうでもよかった。
「まだちょっと開店まで時間があるから、どっかでお茶しない? 待たせた埋め合わせにあたしが奢るから」
葉月は小刻みに躰を揺らしながら私を見る。
「いいよ。だってまだ店やってないんでしょ?」
「そう、そう」
すぐに話が纏まり、駅前の喫茶店に向かった。徐々に人出が増えてきている横断歩道はビルの影が長く伸びていた。
喫茶店に入ると私はレモンティを、葉月はチョコレートパフェを注文する。
「葉月、これから鉄板焼を食べに行くのにそんなん頼んで大丈夫?」
「ってかさァ、だってこれは別バラ。そう言う右花はスイーツいかないの?」
「うん、ここんとこちょっとね」
私は今朝のスーツのショックが尾を引いている。わざわざカミングアウトしたくなかった。
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