第38話

「亮くん元気ないよ、どうかした?」

 心配になって訊くと、亮太は何でもないと平静を装う。そう言ったあとの仕草がどう見ても自然じゃない。どこかぎくしゃくしている。私は余計不安な気持に陥り、食べてる食事の味がまったくしなかった。

「私さあ、月曜から仕事に行くの」

「あっ、よかったじゃん。やっと仕事が入ったんだ。今度はどこ?」

「品川の駅前。建築事務所なの。でもたったの一ヶ月だから、すぐお払い箱になっちゃうと思うともひとつ気が乗らないっていうのが本音」

「でも、ないよりいいよ。俺だって経験あるけど、やる気があるのに働き口がないのは落ち込むよな。右花もそうだけど、生活がかかってるから必死だって」

「そう、そうなんだよ。だからこのところずっと真剣に正社員になろうかと考えてた。正社員になれば有給休暇もとれるし、ボーナスも出るからさァ」

 私は段々と尻すぼみになりながらこれからのことを口にする。最近先々のことを考えると、自分でもわからないくらい将来に関して波間の小船でもあるかのごとく心が烈しく浮き沈みする。ひょっとして統合失調症に罹っているのかもしれない、と思うこともある。

「まあ確かにそういったメリットはあるんだけど、俺にはやりたいことがあるから、そんなものより自由になる時間が欲しい」

 亮太が少し蘇生したのを見て私は安堵する。狭い部屋の中で重苦しい空気に包含されるのはもういいと思った。

 食後のコーヒーを飲みながらふたりでテレビを観ていた時、ふいに亮太が長い腕を伸ばして私を引き寄せた。次の瞬間、私は亮太の胸の中にいた。微かにタバコの匂いのする唇が私に被さる。瞬間、躰が離脱するかのごとく全身のちからが陥ちてゆくのがわかった。

 トレナーの下に手を潜り込ませると、脇目も降らずに一目散に乳房に向かって這い上がって来た。ブラジャーの上からの間遠い感触でありながらも、刹那、線香花火に似た電流が微かな音を立てて全身隈なく疾走した。私は思わず亮太の背中に廻した両手にちからを入れる。

 私の背中に移った亮太の指先が巧みにブラジャーのホックを外し、じかに薄っすらと汗の滲んだ乳房を鷲掴みにする。私は亮太が欲しくなって、自らジーンズのベルトとボタンを外してファスナーを下げた。亮太は私を床に押さえつけるようにして離れると、枕カバーを取り替えるような手つきでジーンズを剥がし取った。私は幾ら亮太の前でも、煌々とした皓い光りの下で秘部を曝け出すのには抵抗があった。薄く開いた唇から灯りを消して欲しいと亮太に囁く。突然目の前が真っ暗になり、目蓋の裏側にオレンジ色の炎が明滅した瞬間、下腹にぬめぬめとした感触が伝わった。顔を埋めた亮太が小刻みに舌先を這わす。完全に私の胡桃は割れていた。私はたまらず両脚にちからを込める。亮太は両腕にちからを入れて脚を開き、そこから脱け出るとズボンを下ろして一気に私の中に突き進んで来た。私の脳裡に何度も色とりどりの幾何学模様が万華鏡のように映り、やがて霧のように濃密で闇のように深遠な場所に陥ちて行った。床のシャギーに附着した精液のひんやりとした感触を太腿のあたりで感じた時、ふいにもとの自分に戻った。

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