第36話

「じゃあ、その人はどうなっちゃうの?」

「残念ながら、何か当り障りない理由を拵えて、一旦その場から身を引くことになる。だってそうだろ? 仕事を済ませ、用事を済ませ、さあ作品に集中しようとすると、自分宛てのメールが入ってる。普通の人間なら無視することができなくて返事を返す。するとその返事がまた送られてくる。それの繰り返しが大事な時間を蝕むことになるっていうわけだ」

「そう言う亮くんはどうしてるの?」

「俺か、俺は適当な距離を置いてみんなと接しているからそんなことはない。そう言っても右花にはピンとこないかもしれないが、簡単なことで回避できるんだよ」

 亮太は薄笑いを浮かべながらタバコを喫う。烟が白く幕を拵えた。一瞬亮太の顔が消えた。

「簡単なこと?」私は思い当たるところがなかった。

「そう。右花でもやってることだよ」

「やだ、わかんないよォ」

「それは、メールの文章をタメ口で書かないことなんだよ。タメ口で書いて送ると、受け取ったほうは間違いなく自分を受け入れてくれたと勘違いをする。ところが、ある程度ちゃんとした文章で送ると、そこに壁が出来上がって、勝手に向こうが距離感を抱いてくるってわけだ」

「なるほどね。そう言われてみればそんな気もする」

「ついでにもう少し話すと、こういったサイトの文学賞って言うのは、最終的に読者の投票数が物をいってくる。大手出版社の文学賞の選考と違うところは、得票数が多ければある程度の位置まで行くことができるから、言い換えれば自分の努力次第で上位に顔を覗かせることができる。それがあるから票を得るために姑息な手段を取るものも少なくないんだ。例えば、投票がはじまると、みんなの作品を読んで感想を遺す。するとさっきも言ったように、読まれたほうの人間の心理として必ずと言っていいほどお返しに来る。そこで自分の作品を読ませて投票させるって寸法だ。俺は作家としてデビューする手段として載せてはいるが、そんなやり方でデビューはしたくない。いいものは誰が読んでもいいからそういうもので勝負がしたいんだ」

 亮太は熱かった。これまでに見たことのないくらい熱かった。亮太の吐き出すエネルギーが私のほうに染み込んできている。葉月が何気なく口にした「小説拒絶症候群」という新語が私をここまでにしてくれたことが嬉しかった。

 いつの間にか部屋の中が薄暗くなりかけていた。時計を見ると四時半を過ぎている。亮太は二時間以上も話してくれた。私は立ち上がってサークラインを一本だけ点ける。突然部屋の中が皓くなった。ついでに亮太に目を遣ると、あれだけ憩みなしに話したからか、肱枕で瞑目したままタバコを燻らせていた。いままで避けていた領域に少しだけ足を踏み入れた気がしている。

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