第54話

「じつは、きょう他のスタッフを外したのにはわけがあってですね、折り入って篠崎さんにお話したいことがあるんです」

 盛田主査はいままでとは違って、仕事の時に見せる顔に戻っていた。

「何でしょう?」

「ぶっちゃけた話をしますと、篠崎さんにうちの事務所に来て頂けないかという相談なんですけどね」

「と、言われますと?」

「うちの事務所はこのところ受注量が増えてまして、この先もずいぶんと設計物件の見込みがあるんです。そこで、ここだけの話なんですが、篠崎さんに派遣社員としてではなく、正社員としてうちに来て頂くわけにはいかないものでしょうか、と言う相談なんですが……。篠崎さんの場合は、一ヶ月うちの事務所で仕事をしてもらったので、大体のことはわかってもらってると思うので、単刀直入に話してるんですけどね」

「えっ、そんなことを急に言われましても……」

 突然の話に動揺した私は、出された料理を味わう余裕が消えてしまった。

「いや、当然です。いますぐに返事が欲しいというわけではないのですが、その方向で考えてもらいたいなと思いましてね。これまでの篠崎さんの仕事ぶりを見てまして、派遣社員にして置くのは勿体ないと思ったので、上司に相談をしたところ、そんな仕事ができる人材ならぜひ正社員として雇用したいという結論に至ったのです」

 私はこの会社に派遣される前に、不安定な気持に苛まれつつ毎日を過ごしてゆくのに疑問を持ちはじめ、いまでも得体の知れない不安感に胸がぞわぞわとなりながらも仕事をし続けている。

 建設会社の仕事を解約されてしばらくした後、真剣に正社員の道を考えた時期があった。それまでは遮眼燈しゃがんとうの放つ光りのように脇目も振らずに駆け抜けて来たためにそんなことを考えもしなかった。ところが思いも寄らぬことが発端となり、はじめて使い捨てライターのように扱われている自分に気がついた。そんな揺れる心の隙間に入り込んできたのが、盛田主査の心を擽るような殺し文句だった。

「正直なところどうなんです、正社員として働くっていうのは?」

「はい……」

 私は自分の気持をこの場で吐露していいものかどうか悩んだ。別に駆け引きをするとかという意味ではなく、いまの精神状態からするととても即決することはできないからだ。でも、このまま黙っていたのではせっかくいい話を持ちかけてくれている盛田主査に失礼だと思った。

「あのう、私には勿体ないくらいのいいお話を頂いて光栄なのですが、もう少し時間を頂けませんでしょうか」

「ああ、構わないですよ。ゆっくり考えて下さい。こちらはいつまででも篠崎さんを待ってますから」

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