第48話

 結局遅くまでかかってすべて読み終えた。これまで数行読んだだけで頭の痛くなった私だが、亮太への連絡手段というのが後押しとなり、それがあってか何とか最後まで読むことができた。自分でも不思議でならなかった。これが残された最後の手段だと思い、早速感想欄にメッセージを書こうとするが、注意書きをよく読むと、感想を書くにはサイトの会員にならないと書き込めないことがわかった。私はすぐに「右花」というハンドルネームで会員の手続きをする。

 折り返しのように会員許可が送られてきた。ログインしてふたたび亮太のページを開き、『白い夏の向こう』の感想を書き記し、最後に「連絡が欲しい」、と短くコメントを遺した。これで亮太は連絡をしてくれるに違いないと少し余裕の気分でパソコンの電源を落とした。

 何か晴れ晴れとした気分になった私は、鼻歌交じりでシャワーを浴び、一青窈のCDを聴きながらゆっくりと眠った。


 次の日も仕事が済んだあと急いでアパートに戻り、「スター・ストーリー」にアクセスする。きょうほど一日の長さを思い知らされた日はなかった。もう慣れたから亮太のページに行くのに迷うことはない。私はまるで亮太に逢うかのように胸を弾ませ、昨日書いた感想と連絡の返事が読みたくて急いで感想ノートを開く。

 私は小首を捻った。確かに昨日書き遺したはずの感想文が見当たらない。画面を何度も上下にスクロールするがどこにもなかった。瞬間、肩のちからが抜け落ちるのがわかった。子供の頃どうしても欲しくてならなかった人形をお小遣いを貯めてやっとのことでオモチャ屋に買いに行った時、その人形が売り切れてしまっていた――まるでその時と同じ心境だった。

 しばらく放心していた私だったが、気を取り直してもう一度同じ文章を打ち込み、今度はすぐ上の感想文の番号とハンドルネームをメモした。はじめてのことだったので、ひょっとして確定キーを押さなかったのかもしれないという不安が胸の中を奔り抜けた。

 翌る日、いつもより残業が長かった。逸る気持のまま、小走りになったり普通に歩いたりを繰り返しながらアパートに帰ると、急いでパソコンのスイッチを入れる。ピッと言う音と同時に冷却ファンが低く廻りはじめる。私は着替えをすることもなく、ただパソコンの前に坐って願うように両掌を硬く握った。なかなか立ち上がらないOSに苛立ちながら、無駄だと知りつつマウスをぐるぐると動かした。

 やっとのようにして画面が開くと、登録しておいたサイトをクリックする。『白い夏の向こう』の感想ノートが表示される。私はメモを手にしてゆっくりと画面をスクロールさせた時、自分の目を疑った。私の遺した感想文が削除されていたのだ。心臓が音を立てて止まるほどのショックを受けた。メモの番号の次には、私のではなく別の読者の感想が書かれてあったのだ。目を強く瞑って頭を抱える。

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