第6話

 派遣会社のスタッフと待ち合わせをし、それほど大きくない建築会社を訪問した。面接の場所に姿を見せたのは、設計部の責任者と総務の人事担当者だった。その時聞かされた言葉に私は心を決めた。その言葉はこうだった。

「――この経歴書を見た限りでは、まだ実践としての仕事はされてないようですね。今回の求人はたまたま長期になりそうなので、未実践の方でもいいのですが、それには通常の時間単価をお支払いすることはできません。但し、数ヶ月して作業に支障ないと認めた場合は正規の値段にまで戻します。

 それまでは、当社もリスクを背負いますから、あなたのほうもリスクを背負って下さい。と言っても、あなたが頑張ることですぐに解消することですから、最低一ヶ月の我慢だと思います。こちらからの条件はそういうことなので、一度ご検討の上ご返事下さい」

 設計部の責任者は慣れた口調で私と派遣会社の営業マンに説明をした。

 確かに先方の言う通りだ。どこかで安売りをしてでも実績をつけないことにはいつまで経ってもまともな報酬を得ることはできない。自分のやりたい仕事も大事だが、収入を無視することはできないと思った私は、散々悩んだ挙句、条件を呑んでその会社で働くことにした。

 自分の判断は正しかった。結局その建築会社で契約期間の一年近くを働くと、すぐに今度は大手の建設会社から声がかかった。もうハンデイはなかったためにすんなりと話がまとまった。

 以来、つい最近まで大手の建設会社の設計部でCADオペレーターとして二年以上勤めてきたのだが、思いがけない事情で仕事場を失うことになった。

 その理由というのは、派遣先の建設会社と官庁との間に仕組まれた某焼却場建設に伴う管制談合が発覚し、1ヶ月の営業停止を命令される羽目になった。そのとばっちりが私たち派遣社員に向けられたというわけ。

 派遣会社としても大事なクライアントなだけに強気に出ることもできないまま、先方の言いなりになって私を含む派遣社員十名ばかりが人柱となった。

 それまであまり気にすることがなかったテレビのニュースが急に気になり出し、そのたびに肚の底が熱くなったのだが、所詮負け犬の遠吠えでしかなかった。

 日を追うごとに派遣会社の対応が腹立たしく思えはじめ、今度仕事の打診があったらささやかでも抵抗を見せるつもりである。

 そう言えば今年の元旦に亮太と明治神宮へ初詣に出かけた。喧騒の中に森厳さを感じ、玉砂利を踏みしめながら拝殿で一年の思いを胸の内に凝縮させてお参りした。社務所で引いたおみくじは「大吉」で、亮太と一緒に子供のように喜んだものだが、三ヶ月後のいまになってはあの時の自分が貧弱に思えてくる。


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