第7話

「そういうことがあったんだ。でもそれってひどくネ?」

 亮太は、まるで自分に降りかかったことのように強く言った。

「そう思うでしょ? でも派遣社員の立場ってビミョーだからさァ。下手に毒突いてもこっちが不利になるだけだから、泣き寝入りするより他ないのよね」

「ムカつくよな、そういうのって」

 亮太はタバコの烟を吹き散らすようにしたあと、いびつになったアルミの灰皿にタバコを圧しつけた。カラカラと耳障りな音が残った。

「私ならともかく、亮くんが熱くなることないって」

「そうだけど、そういうのって、絶対許せネエ」

 今度はジョッキに残ったビールを一気に呷った。

「亮くん、親身になってくれるのは嬉しいけど、そういうお酒の飲み方、私好きじゃない。だったら話さなきゃよかった」

 そうでも言わなければ、瞬間湯沸器の亮太を止められそうになかった。

「そんなこと言うなよ。誰のことで腹立ててると思ってんだよ」

 亮太は不貞腐れるようにして言った。全然そんなつもりじゃなかったんだけれど、完全に私のお株を奪われた格好になってしまった。そのお蔭で私の胸のつかえが嘘のように消えていた。こんなことならもう少し早く話せばよかったと少し後悔する。気のせいか店の中が少し明るくなった気がした。

「わかってる。ごめんね、亮くんの中にある変なスイッチを押しちゃったみたい」

「変なスイッチ? 変なスイッチって」

 亮太は真面目な顔で訊いてくる。

「あのね、自分では気がついてないかもしれないけど、人それぞれにいろんなスイッチを持ってるの。そのスイッチを何かの拍子に触れられると、他人には考えられないほどの行動を見せるの。だからそれが人によって違うから、何とも言えないんだけれど、たまたま亮くんの持ってる体制への反感スイッチを私が押しちゃったっていうこと」

「ふうーん。俺もよくわかんないけど、なぜか組織の圧力って許せネエ」

 正直なところ、あの時は私も亮太以上に内臓が沸騰して食事もできないくらいだった。それがきょうの新宿徘徊に繋がっていたのだが、思い切って亮太に打ち明けたことで気分を変えることできた。

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