第40話 7
品川の建築事務所に顔を出すと、この前の責任者の人を呼んだ。早速デスクを宛てがわれる。作業が集中できるようにローパーティションで三方を囲まれたデスクスペースは、私のやる気スイッチをマックスにした。責任者の人は盛田と言った。肩書きは設計主査だった。やや緊張気味の私は、盛田主査からこれから先ひと月の内にやらなければならない作業内容の説明を受ける。
物件は千葉県のコミュニティセンターで、それほど大きな建物ではなかったが、複合的な要素を含んだ建物だった。説明を聞き終えた時、私はわくわくした。これまでに完成している図面データーをもらい、きょう一日は事務所に慣れてもらうということで、これと言った仕事は廻さないが、明日からは残業もあるということを頭に置いておいて欲しいと、盛田主査に釘を刺された。残業するのは一向に構わなかった。収入面を考えると、これまでのマイナス分を補うことができるから、どちらかと言えばむしろそのほうがいい。
――
事もなく第一週目が終ろうとしている。仕事が済んですぐに亮太に電話する。このところ仕事が済むと必ず電話をするのだが、いつかけても留守電に切り替わってしまう。ひょっとしてバイトの勤務時間が変わったのかもしれないと思いつつダイヤルを押してみる。やはり同じことだった。仕事からの開放感の次にきたのは亮太への不審感で、考えるだけで凝っとしていられなくなる。でも自分の気持だけを優先して必要以上に追い求めることは嫌われる原因になる。それだけは避けたくて拳を握り締めて我慢をした。
諦めて駒込の駅前で軽く夕食を済ませてアパートに帰った。
亮太のことを誰かに話したかった私は、風呂から出たあと、缶ビールを片手に葉月に電話をする。正直なところ、自分ばかりが仕事に就いているという後ろめたさがあって、かけ辛いことがあったが、そんなことよりどうしても誰かに聞いてもらいたかった。胸の中で燃え盛る熾火に水を被せて欲しかった。
私は不審に感じることのすべて話した。それを聞いても葉月は電話の向こうで、歯痒くなるほど冷静だった。彼女にとって直接関わりのないことだから無理もない。
そして、「右花の思い過ごしじゃないの? 右花が彼のことを思う気持がわからなくはないけど、束縛するっていうのはよくないと思うよ……なぁーんてネ。ごめん、右花たちがあまりにハッピーそうだから、ちょっとからかってみた」とふざけた調子で言った。
その後ふたりは前後左右、縦横無尽に会話を進め、それでも納得の行かなかった私は、夕食を奢るのを条件に、葉月に一日付き合ってもらうことにした。
翌る日、午後一時に葉月と駒込の駅で待ち合わせをする。私の胸の内とはまったく違った次元で春の日はリズミカルに踊っていた。ほぼ時間どおりに顔を見せた葉月と一緒に、私のアパートとは正反対の南のほうに歩きはじめる。どうしても亮太のアパートに行ってみたかった。葉月は渋々承知をしながら一緒に歩いた。
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