第3話

 アルタのオーロラ・スクリーンを見ながら横断歩道を渡り終えた時、またしても気が変わり、今度は渋谷に行ってみようと思った。渋谷のセンター街が懐かしくなったからだ。マリオネットのように踵に重心をかけて方向転換すると、急ぎ足でJR新宿駅に向かった。

 渋谷のセンター街は、意外にも駅から途切れることのないひとの川が続いていた。時間も時間だったから、女子高生や女子大生それにどこから来たのか旅行バッグを提げた観光者が多く目についた。

 以前覗いたことのあるコスメに行って、いつもとは違う赤めの口紅とマスカラを買う。店員は口上手くあれもこれもと薦めてくる。ショウケースや棚にディスプレーしてあるカラフルなのを見ていると少し気持が揺らいだが、きょうばかりは自分の欲しい物以外は買わないと決めている。

 それでもせっかくここまで出て来たのだからと思い、ブティックを二軒とアクセサリーの店を廻った。気がつくと咽喉がカラカラに渇いていた。途中にスタバのあったのを思い出す。さすがにちょっとお疲れ気味。窓際の椅子に坐ってアイス・カフェオレを口にする。口の中で拡がった液体が香りを残したまま伝い降りてゆく。大きく息を吐いてチョコレートケーキに齧りついた時LINEが入った。亮太りょうたからだった。

〈ういっース。右花ゆか、いまどこにいる? ちょっと顔が見たいかも……〉

 短いトークだったが、読み終えて少しほっとした。亮太の優しい気持が伝わってくると同時に胸の中のささくれが修復されたような気がした。すぐに返信をしようとしたが、それよりも直接話したほうがいいと思い、早速亮太に電話をする。

「もしもーし、私。LINEくれたよね? いまさァ、渋谷のセンター」

「仕事じゃないんだ」

「うん、きょうは臨時の休み」

 亮太にはまだ本当のことを話してない。話し辛くてつい嘘を吐いてしまった。

「渋谷で何やってる?」

 メールの文面とはまったく違って、クールな話し方をしている。

「スタバでお茶してる。きょう久しぶりに新宿に買い物に行ったんだけど、そのついでに渋谷に寄ったの」

「どっかで会わネ?」

「いいよ。で、どこにする? 待ち合わせ場所」

 私は亮太の誘いがことのほか嬉しかった。

「どこでもいいよ。俺はいま秋葉原だけど、右花の都合のいいところでいいよ」

「じゃあ、どうしよう……家に近いから、駒込なんかどう?」

「わかった、じゃあ三十分後に駒込の南口で」

 電話を切ったあと、残りのケーキを急いで口に放り込む。亮太にすべて話すことを決心した。

 店を出た時、すでにビルの狭間に見え隠れする西日が行き急ぐ時間になっていた。

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