第47話 8

 きょうだけは早く家に帰りたいと思ったが、そういう時に限って仕事が増えたりする。いつも七時半を過ぎると盛田主査が帰るように気を遣ってくれるのだが、きょうばかりは時間を過ぎても姿を見せてくれなかった。仕事のきりがつけば遠慮することなく帰ってもいいのだが、建築設計図を拵えるということはすべてが完了するまで幾らでもやる作業はある。私のような派遣社員は当然のことながら、完了までの仕事量すべてを把握しているわけではないので、正直なところ終了時間はお任せの状態になっている。

 一応私が決めたきょうのノルマは遂行したので、痺れを切らして盛田主査にお伺いを立てにデスクまで行くと、面積計算でもしていたのか、ひどく忙しそうで、書類から目を放すことなく手振りだけで帰るのを了解してくれた。

 私は急いで帰り支度を済ませると、途中でノリ弁当を買い込んでアパートに帰った。部屋に入って真っ先にパソコンの電源を入れる。準備が整うまで多少時間がかかるので、それまで買って来た海苔弁当を食べることにした。まだ温かさが残っているパックを開けて箸を使った。味気ない食事を摂りながらこれから自分がしようとすることをシミュレーションしてみる。期待と不安が交互に顔を覗かす。

 すべてを打ち棄てるようにしてパソコンの前に坐ると、ゆっくりとマウスを動かせて検索ソフトを立ち上げ、以前亮太に聞いたことのある「スター・ストーリー」と打ち込む。すぐに画面が変わり、いちばん最初に「みんなの小説 スター・ストーリー」という名前が表示される。私は躊躇なくそのサイトをクリックする。

 画面上部にブルーのバックで流れ星が流れる。その中にピンクの文字で「スター・ストーリー」と書かれてあった。はじめて見る画面はリンクが多くて、一瞥しただけではどこに何が書かれているのか戸惑うばかりだった。わからないままスクロールして行くと、検索のダイアログボックスが見つかった。これだわ、と呟きながら『Ryo』と入れてボタンを押すと、検索結果が表示され、間違いなく亮太のペンネームと掲載してある作品の名前が出てきた。作品のタイトルは、『白い夏の向こう』『放課後の恋』『レッドペッパーとブルージーンズ』の三作品だった。

 私は聞き覚えのある『白い夏の向こう』というタイトルをクリックする。タイトルと作品に対する作者のアピールが書かれた表紙が現れ、アクセスページ数を見ると、「35462」と表示されていた。その数字が多いのか少ないのか見当もつかなかったが、亮太が評判がいいと言っていたからそれなりの数字なのだろう。

 下のほうに感想ノートのボタンがある。私はボタンを押して読者がどんな感想を遺しているのか確かめる。ほとんどが読みながら泪が出て止まりませんでした、という感想だった。亮太はその感想にひとつひとつ丁寧にお礼を書いている。やはり思ったとおりだ。私はそれを見てすぐにでも伝言を書きたかったが、ここまで来たついでに、自信はなかったがとりあえず呼んでみようと思った。これまで潜入感があって極力避けていた私だったが、亮太と連絡が取りたい一心で読みはじめてみると、意外に読みやすくてついつい読み進んでしまった。

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