イエロー・キャンドル

zizi

第1話 1

 目に入ってくるのは、ヘッドホンを聴きながら足で床を叩く若者やスポーツ新聞を拡げて読み漁るサラリーマン、首が外れるくらいに躰を揺らして居眠りする初老の労働者の姿。いまの私にはどれもみな気怠い光景にしか見えない。

 座席に坐ることもなく、電車のドアに凭れたまま窓の外をただ漫然と眺める。遠くに視線を移すと、街のすべてが白く澱み、まるで白い絹布のベールに包み込まれているように見えた。

 目を落とすと目映い光りが線路の上を遁げてゆくのが見えた。フラッシュライトのように反射するビルの窓ガラス、街路樹が造る光と影、すべてが面映い光景として一瞬にして消え去っていった――。

 時折り思い出したように薄汚れたガラス窓に映る自分の顔。自分でも嫌になるくらい覇気が失われている。あれから一週間ずっとあのことを引き摺ったままでいるせいだ。

 つい三日ほど前に亮太と会ったがあのことを話してない。その時の私は、亮太には責任がないにもかかわらず愉しく会話をする気分など欠片もなかった。つい感情が先走って気まずい雰囲気を拵えてしまった。あとからちゃんと電話で謝ったけれど、情緒不安定であるいまの私には、ぶり返さないという自信がない。これ以上亮太との関係に亀裂が入らないように、きょうだけはひとりで街に出ることにした。

 ゴトゥーン、ゴトゥーン……ゴトゴトゥーン。

 景色がゆっくりとなった。駅が近づいている。

 久しぶりの新宿だ。これまで勤務先とアパートを往復するばかりだったから、たまには反対方向の新宿に気を向けるのもいいかもしれないと思った。コンコースは愕くほど混雑していた。行き先を決めているわけではないけれど、なぜか足が勝手に高島屋のほうに向いている。

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