第21話

「ありがと。じゃあ、頂きます」

 私は誰よりも義姉のほうを見ながら肉を口に搬んだ。

「うわあ、おいしい。こんなの久しぶりだわ」

「なんだ右花、すき焼きも食べれないくらい生活に困っているのか?」

 ビールグラスを手にしながら兄がちゃかして言った。

「そうじゃないけど、すき焼きって、こうやって家族で気兼ねなく食べるからいいの。仕事仲間や友だち同士で食べても、肉のことが気になって味なんかわかりゃしないじゃない。そういう意味なの、誤解しないで」

「そうか。それは失礼しました。ところで右花、おまえ飲まないのか?」

「飲まなくはないけど……」

 私はつい父と母の顔を交互に見てしまった。義姉は器に肉を入れたまま、黙って他のおかずを食べている。

「じゃあ、グラス持って来いよ」

 兄はビールを並々と注いでくれた。父と兄にグラスを合わせた私は、正直なところ咽喉が渇いていたために、ついグラスを大きく傾けてしまった。

 すき焼きもおいしかったが、それ以上にアジの刺し身がおいしかった。こんな新鮮な刺し身はこの家を出てから口にしたことはない、と帰るたびにそう思う。東京では滅多に口にできない味であることは間違いない。

「右花、おまえ今年で二十三だよな、そろそろ彼氏のひとりやふたりできたんだろ?」

 久しぶりとはいえ、兄は無遠慮な訊き方をしてくる。

「ううん、さっぱりだよ」

 私は思わず父の顔を見てしまう。父はビールから日本酒に切り替え、酔いが廻ってきたのか、口数が少なくなり、和やかな顔になって私たちの話に耳を傾けている。母は微笑みながら兄妹の屈託のない会話を聞いている。

「で、今回はいつまでいられるんだ?」

「会社から電話が入ったら帰らなきゃならないからはっきりと言えないんだど、三日間の予定をしてるの。いい? それまでお邪魔してて……」

 兄のグラスにビールを注ぎながら訊く。

 またしても真実から遠ざかったストーリーがひとり歩きしている。たまたま契約期間が切れて、次の仕事が決まるまで少し間があると思えばいいのに、気持はそう単純に割り切れないものがあるからだろうか。それとも家族にいらん心配をかけたくないということがあるからだろうか――。

「何言ってんだよ、ここはおまえの家なんだから、誰に遠慮することがあるもんだ。一年でも二年でも好きなだけいればいいさ。なあ、お袋?」

「ああ、そうだよ」

「よかった。ちょっと安心。もしだめだって言われたらどうしようかと思ってた」

「バカ、そんなこと誰も言うわけないじゃないか。さあ、久しぶりだから、もっと飲めよ。親父はすでに規定量に達したようだから……」

 見ると父の目蓋は半分閉じかかっている。

「ううん、もういいわ。私ご飯にするから」

「そうか……」

 酒の相手を失った兄は、少しがっかりとした顔になって、「じゃあ、俺も飯にしようかな」と隣りの義姉に伝えた。

 最後になった兄の食事が済んでコタツの上が奇麗に片付くと、母が嬉しげに私の持って来た土産の包みを開きはじめる。頑丈な包装紙を剥がしてやっと姿を見せた草加せんべいを菓子器に移すと、いい気持でごろ寝をしている父を揺り起こした。

「お父さん、お茶が入りましたよ。右花がお父さんの大好きな草加せんべいを持って来てくれたのよォ」

 父は母の呼びかけに返事はしたものの、一度で目を醒ますことはなく、二度三度としつこいほど声をかけられてやっと躰を起こした。私は胡麻の入ったせんべいの袋を破り、四つに割って父の前に差し出した。父は中でも胡麻せんべいがいちばんお気に入りだった。

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