第51話
メモを返し、気持を込めたお礼を伝えると、打ちのめされた気分で駅に向かって歩きはじめる。どうしてこうなんだろう、神様が私に与えた試練なのだろうか、明と暗を交互に見せつける。いたたまれない気持が泪を押し上げた。気持の収拾がつかなくなっている。とてもひとりでいられる心境でないと思った私は、葉月に救いを求めることにした。
すぐと葉月に電話をする。彼女の都合も訊かないまま一方的に巣鴨駅前の『庄助』で待っていると言って電話を切った。葉月は中野坂上なので巣鴨まで来るには優に三十分はかかる。私は重い気持のままCDショップとドラッグストアで時間調整をし、頃合いを見計らって待ち合わせ場所の『庄助』に向かった。
店に入ると、店主は覚えていてくれたのか、前にも増した愛想で迎えてくれた。席はこの前と同じ店の片隅だ。というより、カウンターの真ん中は常連客が占領しているのでそこしか空いてないと言ったほうがいい。客は先週と同じように見えた。それがわかる自分がまだ二度目なのだが、ずいぶん前から庄助に通っているような気がした。
注文は葉月が来てからにしてもらった。葉月が顔を見せるまでの間、聞くとはなしに常連のオジさんの飛び交う会話を聞いていて、屈託のない笑い声で酒を飲んでいるように見えるのだが、人の数だけ悩みがあり、同じ数だけ生き様があることを感じさせられた。
葉月は十分ほどして顔を見せた。
「ごめんね、無理言って。でもどうしても相談に乗って欲しかったの」
「構わないけど、この前みたいのは勘弁してよね。せっかく飲んだのにさ、こっちまで胸悪くなっちゃって……。あたしあれからずいぶん心配したんだからね」
「ごめん。反省!」
私はカウンターに両手をついて頭を下げる。
「で、何にする? きょうはビールで通そうか?」
「いいけど、でもほどほどにね」「わかってる」
私は早速生ビール二杯を注文し、壁の張り紙に書いてある菜の花のコロッケとおでんを頼んだ。
「ねえ、相談って、ひょっとして彼のこと?」
「そう。きょう彼の住んでたアパートに、だめ元で行って来たの。そしたらさァ、亮太の連絡先がわかったのよ。それもそうなんだけど、その前に順序立てて話さなきゃなんないことがあるから、まあ飲みながらゆっくり聞いて」
どうして弾んだ言い方になっているのか自分でもわからない。生ビールで意味不明の乾杯をすると、本日のお通しであるきんぴら牛蒡を箸で摘みながら、亮太の小説に感想文を書き、それが削除されたことや、きょうアパートに行って思わぬ収穫を得たと同時に遣り切れない気持に見舞われたことをつぶさに葉月に聞かせた。
「これ見てよ」
私はバッグから手帳を取り出して、亮太の連絡先が書いてある部分を開いた。
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