第52話

「ふんふん、そうかァ。でも感想文の件はあんまりだよね。右花だって大切な読者のひとりじゃない。それにあれほど小説を読めなかった右花が、頑張って最後まで読んだのにそれはないよ」

 葉月はまるで自分のことでもあるかのように息を荒げている。ジョッキを大きく傾けたあと、捨て鉢になったようにメンソールタバコの烟を天井に向けて吐いた。

「それで、右花としてはどうしたいと思ってる?」

 葉月は灰皿にタバコを置きながら険しい顔で訊く。

「正直自分でもまったくわからない。これまでと同じように直線的にコンタクトを取ろうとしても、拒否されるに決まってる。でも、このままじゃ蛇の生殺しと同じだから、結果がどうあっても本人の口からちゃんと聞きたいの」

「うん、右花の気持はよくわかる。あたしが右花の立場でもそうしたいと思う」

「わかってくれる? そう言ってくれるのは葉月だけ」

 そう言いつつ店主に生ビールを追加する。ついでにホッケの塩焼きも頼んだ。店主が笑顔で大きく復唱すると、それにつられたように常連のオジさんもついでに焼いてくれ、とこっちを向いて笑いながら言った。その顔は、同じ食べ物を共有したという仲間からくるのか、これまでに見せなかった表情が目元に現れていた。なぜか微笑み返してしまう。気持の裏返しなのだろうかと考える一方で、今度この店に来たときには、おそらくあのオジさんの隣りあたりで飲んでいるかもしれないとも思った。

「このメモからすると、女と同棲していると思って間違いないね。あくまでも可能性としてだけどね。あたしの推測だけど、この連絡先からすると、彼はこのアパートかマンションか知らないけど、ヒモ的生活をしてると思うの。だから右花には気の毒だけど、都合の悪い過去から遁げ出したいからあんたとの連絡を避けてんじゃないのかなァ」

 葉月の言葉の端々に見え隠れする私への気遣いが、ひりひりとした痛みを伴いながら伝わってくる。

「葉月がどうしても直接会って話がしたいって言うんだったら、姑息な方法かもしれないけど、ないこともないよ」

「えッ! 何? 早く教えて!」

 私はビールジョッキを音を立ててカウンターに置いた。

「捜しているUSBメモリーが私の部屋で見つかったと言って彼を呼び出すのよ。そのメモリーには彼がこれまで執筆した小説のデーターが入っているんだから、どうやっても見つけたいと思うの。それか、しつこくもう一度感想ノートに書くかのどちらか」

「うん。……でも、どうやって電話番号を手に入れたのかって訊かれたらどうすればいい? また感想ノートを削除されたらどうする?」

「そうね、まあ電話のほうは正直に言えばいいよね。彼が本当になくした物が欲しいんだったらそんな経緯は関係ない。小説サイトのほうは削除された以上どうしょうもないから諦めるより他ないじゃない。でもしばらく時間を空けたほうがいいよ。ひょっとして名案が思い浮かぶかもしれないし、気が変わるかもしれないからね。そうだ、行動する前にあたしに電話ちょうだい。あたしにもいい方法が閃いてるかもしれないから」

「わかった。葉月の言う通りにする。きょうは本当にごめんね。見て、私この前と違って酔ってないでしょ?」

 私はなぜか右腕の肱を曲げてちから瘤を作って見せた。

 葉月と話したせいか、灼けるようだった胸の中が不思議と鎮まっていた。

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