第29話
「ところで、右花、いまどうしてる?」
葉月はチョコレートパフェの生クリームをスプーンですくいながら私の顔を見る。ついついパフェの器に目が行ってしまう。我ながら情けない思いがした。
「どうしてるって?」
私は唐突に訊く葉月の真意を掴みきれてない。
「仕事よ。私たちS建設をお払い箱になったじゃん。突然だったから途方にくれちゃった。でも、まあ、この仕事はもともとがそういう性質の仕事だから、仕方ないって言えば仕方ないんだけどね」
「じゃあ、葉月はいまも?」
「そう。あちこちに登録はしてあるんだけど、あまりにもあそこが長かったから、最近では申し合わせたようにどこからもオファーがないといった状態」
「そうなんだ」
「右花は?」
「うん、いままで葉月と同じようにほったらかしにされていたんだけど、たまたまきょう面接があってね。月曜から一ヶ月行くことに決まったわ」
私は仕事にあぶれてる葉月を前にして言いたくはなかったのだけれど、今朝の電話で面接のことを喋ってしまった手前、ここで嘘を吐くことはできなかった。
「いいなァ、そのへんが私と違うところね」
「何で?」
「だって右花はちゃんと専門学校を卒業してるけど、あたしなんかはもっぱら独学でやってきたから、経歴が違うんだよ、経歴がさ」
葉月ははじめて寂しそうな顔を見せた。私は彼女が愚痴るように言った言葉が胸に響いた。れっきとした根拠があるわけではないが、これまでそういったことを肌で感じたことがある。思い切ってスクールに行ってよかったといま改めて感じ入る。
「でもさァ、さっきも言ったけど、たった一ヶ月だよ」
「あるだけいいじゃん。あたしなんて全然お声がかからないから、ふと思うことがあるんだ。あたしたちに仕事を廻さないっていうのは、派遣会社の陰謀じゃないかと思うの」
「陰謀?」
「そう。っていうのは、S建設って営業停止が解除されるのは一ヵ月後でしょ? 解除されたら当然のこと派遣スタッフの要請があるはずだから、これまでS建設に派遣されていたメンバーをそっくり持って行こうという考えなんじゃないかな」
葉月はスプーンをタクトのように振りながら熱を込めて説明した。
「うん、以前私もそう思ったことがあった」
「でしょ? きっとそうよ。そうに決まってる」
私は葉月を慰めるつもりで「一ヶ月」と言ったのだが、話がとんでもないほうに飛び火してしまった。
ティーカップの中のレモンが萎れている。パフェのグラスも油絵具のパレットのように薄汚れている。ガラスの向こうはすでに約束事のように帷が街を包み込んでいた。
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