第31話

 やがて私が頼んだお好み焼きのネタだけが搬ばれて来た。

「自分で焼くんだ、ここは」洩らすように言った。

「どっちでもいいんだけど、焼いてもらったんじゃ味気ないでしょ。まあ時間もあることだし、好きなように焼いたら?」

「でも私、これまで自分でやったことないしィ……」

「大丈夫よ、ただ掻き混ぜてこの上に丸く拡げればいいだけなんだからさ」

「そうなんだけど……」

 葉月は目の前の鉄板に手を翳してから油を引いた。塩と胡椒で肉とイカを先に焼くのよ、と言われて私は言われた通りにする。それらを見ながらステンレスのお椀に入ったネタを、柄の長いスプーンでおそるおそる捏ねはじめる。どのくらいで鉄板に流していいのか迷っていると、葉月がジョッキを片手に、それくらいでいいとアドバイスをしてくれたので、言われるままゆっくりと鉄板の上に流した。あまり拡がらないようにコテで形を整えてからビールを口にした。

「ほんとにやったことなかったんだ」

「だからそういったじゃん」

 ふたりは顔を見合わせて大きな声で笑った。

 少ししてオムそばと、ウインナ、バター炒めが同時にやってきた。間隔をあけて持って来ればいいのにと、葉月は顔を しかめながらオムそばをお好みのコテで半分にして私にくれた。

 やがてお好み焼きも何とか無事に焼き上がり、ソースの入れ物を手にすると、べとべととした刷毛でカリカリに焼けた表面に慣れない手つきで塗りたくった。葉月に促されて、その上から青海苔とマヨネーズをかける。顔の前に香ばしい匂いが立ち昇った。

 ふたりはふうふう言いつつ目の前のものを削ぎ落とすようにしてこなしてゆき、適当にお腹が落ち着いてきた時、葉月が突然亮太のことを訊いて来た。

「そう言えば、例の小説書いてるってカレシとまだ続いてる?」

「うん、続いてるよ。何で?」

 私はお好みを頬張ったままで小首を捻る。葉月は生ビールのお代わりを注文する。

「ううん、別に深い意味はないけれど、ちょっと思い出したから訊いてみただけ。で、まだ小説書いてるの?」

「書いてるみたいだよ。でもさァ……」

 言い澱む私に、透かさず葉月が言葉を被せてきた。

「でも何? ふたりの間に何か不具合でもあるの?」

 新しいビールを口にしながら興味ありげに訊く。

「私さあ、小説ってまるきっしだめなの。正直言って一ページも読めないって状態。生理的に受け付けないんだよね」

「そうなんだ。だったら、せっかくカレシが書いたものでも読んで感想が言えないじゃん」

「亮太のために何とか努力しようとするんだけど、どうしてもだめなの。葉月何かいい方法ない?」

 私は真剣になって訊いた。本当にずっと悩んでいるのだが、こればかりはどうしようもない。

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