第33話 6
私はきょう亮太が来るので、頑張って少し早目に洗濯と部屋の掃除を済ませる。どことなく緩んだウィークエンドの空気は、私の気持を弾ませてくれた。
亮太が部屋のドアをノックしたのは、いつもながらの午後になってだった。
「ういっース。木曜日はごめん。ずいぶん前から友だちと約束してたから、どうしても外すわけにいかなかった」
「気にしなくていいよ。私だってそういう時あるも」
亮太の顔を見るとなぜかほっとする私。
「ねえ、ねえ、見て。誕生日にくれたバラの花、こんなに大きく開いてきてるんだよ。それに花の色だって大人の色になってきてる」
毎日少しずつ変化してゆくバラの花を見ているうちに、いまでは自分の子供のように思えてきている。
「へえーッ、結構花って長持ちするんだ。ところでどうだった、久しぶりに実家に帰ってみて」
亮太はいつもの定位置に腰を降ろし、タバコを咥えながら訊く。
「何か慌ただしかっただけだった。だって、いまはお嫁さんがいるから、結構気ィ遣っちゃってさ、自分の家じゃないみたいだよ。亮くん紅茶飲むでしょ?」
「ああ。もし俺だったらそんなの気にしないけどな。女っていうのは普段厚かましいけど、そういった時には遠慮するんだ」
「ちょっとォ、それってあんまりじゃない?」
私は食器棚からコーヒーカップを取り出す手を止めて、亮太を睨みつける。触れられたくない部分をおろし金で逆撫でされてしまった。
「そんな顔するなよ。冗談で言ったんじゃないから」
「ん、もう。うっかり聞いてたら何言い出すかわかんないんだから。そんなに私をからかって面白い?」
本気で腹が立ってきたと同時に、なぜか目頭が熱くなって思わず泪が出てきた。キッチンペーパーで泪を拭う。感情が鋭角的になっているのが自分でもわかった。もうそろそろ月に一度のあの日が近付いているせいなのかもしれない。
「そこでなに拗ねてんだよ。そんなに気に障ったなら謝るから」
亮太はそう言いながらキッチンにいる私の傍まで来ると、額にキスをしながらそっと抱きしめてくれた。
「ごめん。何か急に悲しくなってきたの。別に亮くんのせいじゃないから、気にしないで……」
私は亮太の胸の中で小さく肩を震わせながら啜り上げた。亮太の右手が小鳥の羽のように優しく髪を撫でる。全身の力がフローリングに吸い込まれてしまいそうになった。トレーナーを濾して亮太の匂いが鼻腔でゆらいだ。きょうの私は本当にどうかしている。いま躰を離したなら、おそらくまともに亮太の顔を見ることができないに違いない。亮太は私の頭の上で困惑顔をしていることだろう。そう思うと亮太が可哀そうに思えてきた。
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