第3話 おかゆ・とろとろ・酔い覚まし(前編)

※視点切り替えについて、今後以下の表記を使用します。


 ☀☀☀から後のシーン→うらら視点

 ❄❄❄から後のシーン→氷彗視点


(以下、お約束)

こちらのお話は、


・二人がご飯を作って食べるだけのお話です。

・ファンタジー要素はありません。

・幽霊、あやかし要素はありません。

・ミステリー要素はありません。


また、科学的説明はあくまでスパイスです。

つまらなかったり、面倒くさければ、読み飛ばしてもらっても全然大丈夫です。

以上の点にご注意の上、お腹を空かせてお読みください。

—————————————————————————————————————


 ☀☀☀


凪  【今度の日曜、暇だよね】

うらら【どうして確定形なのさ? 予定あるかもしれないよ、彼氏とデートとか】

凪  【いるの?】

うらら【いません……】


うらら:泣きスタンプ


凪  【それはよかった。実は科学館の方で、ボランティアの人手が足りなくってね。一人探していたんだよ】

うらら【見返りを要求する!!!】


凪  【ボランティア精神がないねぇ、君は】

うらら【だってボランティアじゃないもん。凪みたいに稼ぎもないもん】

凪  【よく誇らしげに言えるよ、そんなセリフ】


うらら【最近、和食と洋食を堪能したからな~、中華がいいな~】

凪  【あ~はいはい。じゃあ、O将あたりで夕食おごるよ】

うらら【やった!】


うらら:大好きスタンプ


凪  【現金だね、ホント。あと、そのスタンプ使い過ぎ】

うらら【いいじゃん、せっかく買ったんだし。それに、凪以外だとなかなか使いどころないし】


凪  【……そーいうところは、相変わらずだよ】

うらら【え? 私、何かおかしなこと言った?】

凪  【何でもない。じゃあ、私そろそろ帰るから。そっちは新歓で田宮教授に潰されないようにね。うららは酔うと酷いし】

うらら【はーい】


 それ以降、ぴたりとラインの更新が止まった。


 うららはスマホをポケットにしまうと、手洗い場の鏡に向き直り、化粧を直していった。

 普段はそんなにしっかりと気を遣わないのだが、一応抜け出してきた口実だ。アリバイは作っておく。

 

 うららの所属する田宮研究室は、現在進行形で新歓パーティーが行われている。新歓とはすなわち、研究室の新入生を歓迎することであるため、彼らはタダで夕食にありつける。

 では、そのしわ寄せがどこに向かうかと言えば、上の学年、すなわちうららのような博士課程だ。


「給料ないのは修士も博士も同じなのにぃ……」

 

 研究棟の女子トイレが独壇場なのをいいことに、つい恨み言を漏らす。


 「安くない参加費を払うからには、元を取らねば!」と思い至ったうららは、朝昼と昼食を抜いて、パーティー開始早々、料理にありついた。

 だが、すきっ腹に揚げ物とアルコールがなだれ込んだことが祟り、今は気分が悪くなってトイレに逃げ込んでいるという有様であった。


 そろそろ戻ろうかなと思った矢先、ポケットに入れていたスマホが振動する。

 先ほどと同じく、ラインの通知によるものだが、今回は相手が違っていた。


氷彗ひすい 【今、大丈夫ですか?】


 画面に映し出された文章から、ひしひしと緊張感が伝わってくる。

 肉じゃがを一緒に食べた後も、氷彗とは何度か夜食を共にしたのだけど、ラインの始まりはいつもこんな感じだった。

 文字だと緊張してしまうのだろうか。 


うらら【うん、ちょうど新歓の途中で抜け出してきたところ】

氷彗 【す、すみません】

うらら【へーきだよ。それより鳥見川さんは、今日も夜食作る感じ?】


氷彗 【はい。何か、リクエストがあれば、言ってください】

うらら【いいの? ……って言っても、ぱっと思いつかないし、とりあえず軽いものかな】

氷彗 【軽いもの、ですか?】


うらら【新歓の料理、揚げ物と酒ばっかりでさ。お腹は膨れてないのに、胃が重たいんだ】

氷彗 【わかりました。おいしくて軽いもの、作ってみます】

うらら【ほんとに!? ありがとう!】


うらら:大好きスタンプ


「……ありゃ? 既読ついたのに止まっちゃった?」


 もしかして、早速準備に取り掛かってくれているのだろうか?

 時計を確認すると、いつもの夜食の時間まで六時間もある。だが、氷彗ならあり得るかもしれない。


 おいしさの仕組みを語る時に見せる、あのキラキラとした表情が頭に浮かんだ。ボールが弾むような声色は、聞いているこちらまでウキウキしてくる。

 普段の氷彗は、氷のように表情も口も固まっているので、そのギャップも相まって、とても印象的だった。


 ひょんなことから夜食を一緒に食べるようになり、最初こそ氷彗の語る内容に関心を寄せていたが、今はキラキラとした彼女を隣で眺めることも楽しみの一つになっている。


「……って、何考えているんだ、私」


 既に酔いが回っているようだ。

 鏡に映った自分に思わず突っ込みを入れ、うららはパーティー会場の教室に戻った。

 椅子は端に寄せられ、長テーブルは固められ、その上にオードブルやピザ、酒瓶が並んでいる。

 初めは緊張していた新入生達も今は談笑に加わっており、うららは安心した。この環境に馴染んでもらえれば、今後の指導もスムーズに行えるだろう。


「おかえりなさい、塔山さん。どうです? あなたも一杯」


 新しい紙コップを手に取るなり、指導教官である田宮が話しかけてきた。

 右手には仰々しい模様のラベルが張られた、茶色い一升瓶が握られている。酒の名前は分からないが、結構強そうな部類に見えた。

 嫌な予感がよぎり、うららは周囲を確認する。他の学生は、強固な結界でも張ったように雑談に興じていた。


「これは、今日のために我慢しておいた日本酒なんですけどね、飲んで感想を言い合ってくれる学生がいなくて困っていたんですよ」

「う、嬉しいんですけど、私もだいぶ酔いが回ってきまして……」


 申し訳ないと思いつつ、言葉を選んでやんわりと断りのニュアンスを含ませる。

 昔はどうだか知らないが、このご時世、嫌がる学生に飲酒を強要できないだろう。


 頭も痛いし、今日はもう飲まないと、うららは固く誓った。


「そうですか……もし、感想を言い合ってくれるなら、この新歓の費用は全部僕が出そうと思っていたのですけどね」


 ぴくりと、うららの眉が動いた。

 参加費を払って軽くなった財布に、指が触れる。


「それ、本当ですか?」

「えぇ。研究と酒について、嘘はつきませんよ」


 固く誓ったうららの決意は、ものの数秒で瓦解した。


 そして、塔山うららは数千円と引き換えに、酩酊を受け入れた。


(後編へ続く)

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