第12話 うどん・ネバネバ・験担ぎ(前編)

こちらのお話は、


・二人がご飯を作って食べるだけのお話です。

・ファンタジー要素はありません。

・幽霊、あやかし要素はありません。

・ミステリー要素はありません。


また、科学的説明はあくまでスパイスです。

つまらなかったり、面倒くさければ、読み飛ばしてもらっても全然大丈夫です。


以上の点にご注意の上、お腹を空かせてお読みください。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ☀☀☀


うらら【凪~! 今ひま?】

凪  【女子小学生と二人で料理作ってる】

うらら【え? どういう状況?】

凪  【話すの面倒だから割愛。で、何?】


うらら【コンロも包丁も使わないで、分量計測もしないでできる料理って知らない?】

凪  【……料理舐めてるの?】

うらら【ひぇ!(゚д゚;ノ)ノ】


凪  【急にどうしたのさ? 鳥見川さんに影響されたの?】

うらら【それもあるけど……】


うらら【実は最近、私、夏風邪で倒れちゃってさ】

うらら【その時、氷彗が私のこと付きっきりで看病してくれたの】

凪  【……惚気ならよそでやって】

うらら【ひど! 別に惚気てないよ!٩(๑`^´๑)۶】


凪  【はいはい……まぁ、大体わかったよ。つまり、鳥見川さんにそのお返しをしたいわけね】


うらら【話が早くて助かるよ。氷彗、今度初めての口頭発表を控えていてナイーブになっているし、元気付けるのにもいいかなって思って】

うらら【でね、私にもできる料理を探しているんだけど……】


凪  【じゃあ、冷やしうどんは? スーパーの奴なら、冷水で絞めて具材入れるだけだし、めんつゆ使えば分量の計測もしなくて済むし】

うらら【なるほど! 凪、ありがとう!】


うらら:大好きスタンプ


凪  【おおげさ。じゃ、そろそろおいとまするよ。今作ってるクッキー、もう焼きあがりそうだから。目の前の女子小学生もうるさいし】

うらら【あ、ちょっとまって! もう一つだけ!】

凪  【なに?】


うらら【あのさ、凪——】


 ☀☀☀


「That’s all. Thank you for your attention. (以上になります。ご清聴ありがとうございました。) 」


 夜の研究棟の講義室。

 明後日に控えた氷彗の学会発表の練習に、うららは付き合っていた。普通こういう予行練習は、同じ研究室のメンバーでやり合うものだが、うららは特に気にしていなかった。


 薄暗い空間でぼんやりと光るスクリーンが、最後のスライドを映し出す。その上をレーザーポインターが、自信なさげに泳いでいた。


 氷彗は評価を気にするように、恐る恐るこちらを見る。


「ど、どうでしょうか?」

「うん。発表時間の十分ピッタリ。スライドの構成も分かりやすくなっているし、図表も前より見やすくなった。あとは……」


 うららは席の最前列で耳をそばだてて、ようやく聞き取れるこの状況に苦笑した。もしかしたら、プロジェクターの稼働音の方が大きいかもしれない。


「もうちょっと声が大きい方がいいかな」

「す、すみません」

「まぁ、当日はマイク使うはずだし、問題ないか」


 大して気にしていないうららと反対に、氷彗は深刻そうに表情を暗くさせた。両肩に影がのしかかったみたいに、背中が丸くなっていく。


「もし当日、マイクが故障していたら、ど、どどどうしましょう」

「え? 予備のマイクがあるんじゃないの?」

「それも全部壊れていたら……」


 ワタワタと氷彗の手が震える。

 大きな瞳は、考えられる最悪の未来を見つめているみたいだった。


「誰にも私の声が届かず、座長や聴衆に冷たい視線を浴びせられて、評価は最悪。研究室の面汚しと認定されて、最悪……大学から除籍なんてことも」

「いやいや! 流石にそれは考えすぎだから!」


 うららは慌てて、その妄想を止めさせた。

 近頃、氷彗はこんな感じだ。


 本番の発表を考えると、とんでもなくナイーブになってしまう。大体、大学から除籍されるのが、妄想の行きつくお約束だった。途中、隕石が落ちてきたり、学会がテロリストに占拠されるなど、そのバリエーションは豊富である。


 誰しも初めて参加する学会は多少気分が落ち込むものだが、ここまではそうそういないだろう。


 震えている氷彗には申し訳ないが、その様子は小動物を思い起こさせるので、ついつい可愛いなと思ってしまった。


 うぅ、とうずくまる氷彗の肩に、うららはそっと手を添えた。


「大丈夫。氷彗は成果だって上げているし、発表準備だって今まで頑張ってきたんだから! きっとうまく行くよ! 私が保証する」

「うららさん……」


 ようやく顔を上げてくれた氷彗に、うららはにっと笑みを送った。

 そして、用意しておいたサプライズをいよいよ発表する。


「今日はね、私が料理作ろうと思うんだ」

「え? どうしてですか?」

「験担ぎだよ。氷彗が最後まで粘り強く、頑張れますようにって意味を込めて」


 うららは鞄からレジ袋を取り出した。

 中には、先ほどスーパーで買ってきた食材が入っている。


「今日の夜食は、ネバネバうどんを作ります!」

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