第18話 見送り・うるうる・カップ麺(過去編)


 ❄❄❄


 その日は、雪が降りとても寒い日だった。

 かじかむ手足をこたつの中ですり合わせ、氷彗は母親の水星と一緒にみかんを頬張っていた。 


「そっかぁ……氷彗も明後日には、もう二十歳になるんだ」


 こたつに立てかけられたカレンダーには、ある日付に花丸マークがつけられていた。それを見て、母は感慨深そうにため息を吐いた。


「はい! これでやっとお母さんと合法的にお酒が飲めます」


 初めて口にする味を想像して氷彗が期待を膨らませていると、母はケラケラと笑った。それに合わせて、ポニーテールが振り子のように揺れる。この髪型は、氷彗が生まれて二十年、ずっと変わることはなかった。活発的な母のトレードマークみたいなものだ。


「こらこら、今まで違法に飲んでたみたいに言わないの……にしても、とうとう娘と酌み交わせるようになるとはねぇ。できれば、日付が変わった瞬間に祝杯を上げたいところだけど」


 そこで、母は言葉を濁し、再びカレンダーに目をやる。

 花丸マークの内側には氷彗の誕生日の他に、その日に乗る飛行機の便名がメモされていた。


「仕方ないですよ、大事な招待講演ですから」

「……相変わらず、いい子だね。氷彗は」


 伸ばされた手が、頭の上に添えられる。


「年齢的に、もう大人です」

「血縁関係的な意味ですー」


 こっちを真似してきた母親の口調は、あまりにも似合ってなくて、それがおかしくて二人してぷっと吹き出した。


「じゃあ、行ってくるね」


 母はこたつから出ると、いつの間にか隣に用意されていたキャリーケースを抱え玄関へと向かう。


「はい、行ってらっ——」


 言い終える直前、強烈な違和感が全身を襲った。


 気付けば母の姿は消えている。

 ガチャリと開かれた扉の向こうは、何故か大きなテレビ画面だった。

 そこには、墜落し炎上する飛行機を映すニュースが淡々と流れていた。


 ❄❄❄


「行かないでっ! お母さんっ!」


 目蓋が勢いよく開かれる。

 涼しい朝だというのにベッドには汗が滲んでおり、鼓動はばくばくと早くなっていた。


「どうして……いま、思い出すの?」


 氷彗が見た夢は、怖くてずっと目を逸らしてきた記憶だった。


(前編に続く。)

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