第18話 見送り・うるうる・カップ麺(前編)
こちらのお話は、
・二人がご飯を作って食べるだけのお話です。
・ファンタジー要素はありません。
・幽霊、あやかし要素はありません。
・ミステリー要素はありません。
また、科学的説明はあくまでスパイスです。
つまらなかったり、面倒くさければ、読み飛ばしてもらっても全然大丈夫です。
以上の点にご注意の上、お腹を空かせてお読みください。
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☀☀☀
うららにとっては、もうお馴染みの場所となっている研究棟の休憩室。
だが、時間が変わればそこの雰囲気は様変わりしていた。
今はちょうど大学のお昼休みである。
深夜とは違い、大多数の人間が活動している時間帯だ。
休憩室には電子レンジを使うポスドクや、ここでお昼を食べる学生などが集まり、それなりの人口密度になっていた。
ここには夜の静けさのイメージを抱いているうららにとって、この喧騒は新鮮だった。
「あ、氷彗!」
電気ポットからカップ麺にお湯を注ぎ終え、待ち時間に視線を泳がせていると、小動物のように周囲に怯えキッチン台に立つ氷彗を発見した。
ただでさえ男だらけの環境で目立つのに、長い黒髪と白い肌がさらに目を引く。
うららの声が届くと、彼女はぴくっと頭を持ち上げて周囲を見渡した。
こちらの姿を確認するなり、まとっていた警戒のオーラはほどけ、柔らかくなっていく。
なんだか小型犬みたいで可愛い。
「う、うららさん……お疲れ様です」
「お疲れ~。この時間に休憩室で会うのは珍しいね? どうしたの?」
「お弁当のおかずに醤油をかけ忘れていたので、ここの物を使わせてもらっていました」
氷彗の隣まで近付いてみると、彼女の手元にはピンク色の弁当箱が置かれていた。
メインは白身魚のフライとちくわの天ぷらで、ご飯の上には大きな海苔が被せられている。スーパーでもよく見かける定番のお弁当だ。
「おぉ~~! おいしそうな海苔弁当!」
「あ、ありがとうございます。うららさんは、どうしてここに?」
立派な弁当を見た後なので、うららは恥ずかしくなって頬を掻いた。
こちらには、箸を乗せて蓋をしたカップ麺があるだけだ。
「私は例の如くカップ麺のお湯を沸かしに。前に壊れた電気ケトル、結局買い替えるのが面倒でそのままなんだよ……それにしても」
うららはぐるりと休憩室を見回した。
ここに人がいる違和感を分かち合えるのは、目の前にいる氷彗だけだ。
「昼と夜とじゃ、全然違うね。秘密基地が発見されちゃったみたい」
「はい。出来ればランチも作りたいんですけど、ちょっと難しそうです」
「おぉ、人がいなかったら作る気なんだ」
そこでふと、手に持っているカップ麺を見てうららは思い出した。
「……あ、そうだ。ちょうど氷彗に聞きたいことがあるんだった」
「え? 何でしょう?」
「氷彗のおすすめカップ麺って何かない?」
氷彗はきょとんと首を傾けた。
「カップ麺……ですか? すみません、ほとんど食べたことがないので。よく分からないです」
「う~ん、やっぱりそうか」
まぁ、彼女ほど料理愛のある人間ならば、インスタント食品に頼ることは滅多にない思うので予想はしていたが。
「あの、どうしてカップ麺なんですか?」
こちらの質問の意図がよく分からないといった感じで、氷彗は尋ねてきた。
「あぁ、前に言ってた海外の学会に行くの、明日からじゃん? それで、向こうで食べるカップ麺を選定中なんだけど、メジャーどころは大体食べ飽きちゃっててさ。氷彗でもおいしいって太鼓判を押すカップ麺があれば、是非持っていこうと思ったんだ」
今、温めているカップ麺も研究室に入ってから優に五百回は食べている。
チキンスープの風味は普通に美味しいし、生卵を乗せたりカレーやキムチを加えてアレンジを施すことも可能だ。
でも、やっぱりどうしても飽きは来てしまうのである。
おまけに、最近のうららは氷彗が振る舞う料理によって、確実に舌が肥えていた。これまでそんなこと一切なかったのに、インスタントを味気なく感じてきたのだ。
「……そこは、普通に海外の料理を食べればよいと思いますけど」
困惑しながら、氷彗は至極まっとうな意見を述べた。
そう指摘されると、ぐぅの音も出ないのだが、そこにはうららの個人的な事情があった。
「あ~、うん。そうなんだけどね。私、初めて海外の学会に行った時、現地の料理で体を派手に崩してさ……その経験がトラウマで。それ以来、海外では日本から持ってきたカップ麺を食べるようにしてるの」
「そう、だったんですか。それはその、ご愁傷様です」
「あはは、ありがと」
たまたま運の悪い店を選んでしまっただけなのだろうが、あの経験は強烈だった。
結局、初めての海外学会は会場にたどり着いてポスターを張るのがやっとで、後はずっとトイレにこもっていたと記憶している。
「まぁ、今回はたったの三日間だしね。ここは贅沢言わずに、いつものカップ麺で我慢しますか」
ため息とともに諦めて落とした肩を、ぎゅっと氷彗につかまれた。
「待ってください!」
「え? ひ、氷彗?」
さっきまで小動物のようにプルプル震えていたとは思えないほど、今の氷彗は熱いオーラを迸らせていた。黒曜石のような双眸には、メラメラと意思の炎が燃えている。
「飽きたのなら、作ればいいんです!」
「っ!? それって、もしかして?」
氷彗は息を荒くして宣言した。
「作りましょう! カップラーメンを!」
(中編へ続く)
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