【4月17日更新】 第22話 松茸・ごはん・ノーベル賞(おまけ)
飯塚桜が大学から自宅へと戻ると、同居人であるのどかが出迎えてくれた。
「おかえり桜……どうしたの? そんなふてくされた顔して」
「ただいま、のどか。少し、話があるんだが」
そう言って桜は彼女の手を引き、ダイニングへと連れて行った。
角張ったテーブルに向かい合って座る。
既に食器が用意されていたが、今は食事より先に確認しなければならないことがある。
「田宮さんに私たちのことを話したって本当かい」
「あー、はい。そのことね」
単刀直入に訪ねると、のどかは分かりやすく動揺して視線を泳がせた。
「話したというか……桜が今のポストに就いてからずっと、年賀状と暑中お見舞いをやりとりしているというか」
「そんな前から!?」
「すごいでしょ?」
「ほめてない、ほめてない!」
「安心して。同棲してるって言っても、向こうは単なるルームシェアだと思っているから」
「そう言う問題ではなくてだね」
やれやれと、飯塚は重く息を吐いた。
「どうしてそんなことを……もしばれたらどうする?」
「私たちが相思相愛って事?」
「そうじゃなくて、うらら君にだよ。知られたら絶対、気まずくなるだろう」
だからなるべく隠そうと、色々と気を使ってきたというのに。
真面目なトーンで注意すると、のどかは急にシュンとした表情になった。
「……ごめんなさい」
「ずいぶんと、あっさりだね」
「別に、桜を困らせようとしてやっていたわけじゃないの」
「それじゃあ、どうして?」
「分からない?」
すねたような口調で、のどかはこちらを見つめる。
桜は脳味噌をフル回転させて、あらゆる可能性を考慮した。研究でいつもやっていることだ。しかし、いつまで経っても納得のいく答えは見つからなかった。
しばらく沈黙が続くと、「時間切れ」と頭をつつかれる。
「研究はできても、そういうところは鈍感ですね。飯塚教授」
「どういうところが?」
「あの職場、田宮先生がいるんでしょ? 昔、桜が好きだった人が」
のどかは、頬を覆っていた髪の毛をかきあげた。
僅かに覗く耳殻は、ほんのりと朱に色づいている。
「毎日そんなところにパートナーを送り出している身としては、とっても心配なんだけど」
おどけた口調は照れ隠しを装っているつもりなのだろうが、全然演出できていない。むしろ、恥ずかしさがこちらまで伝わってくるレベルだ。
ここまでヒントを出されては、気付くなという方が無理だ。
つまり、のどかは……
「ば、バカなことを言わないでくれ。向こうは妻子持ちだぞ。何なら、最近孫まで生まれたのに……」
「そんな理由で割り切れると思う?」
その言葉に、桜は何も言い返せなくなる。
相手を叱っていたはずなのに、いつの間にか立場は逆転していた。
「あぁ……そうだね。私も、そうだった。心配かけてすまない。あの人にもうそんな感情は抱いてないよ。今私が好きなのは……のどかだけ、だ」
自分で言っておきながら、歯の浮くような台詞だ。
恥ずかしくて、のどかを直視できなくなる。
頭も顔も全部熱い。
「言葉だけじゃ、まだ信用できないかな」
熱に犯されたPCのように固まっていると、のどかが席を立ち、隣へとやってくる。空を羽ばたく鳥のように両手を広げ、何かをこちらに訴えていた。
「私、まだ薬品臭いよ」
「気にしない」
「知らないよ、移っても」
そう言うと桜は、年甲斐もなくぎゅっと最愛の人を抱きしめた。
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