第13話 花火・カステラ・夏祭り(中編)

 ❄❄❄


  屋台の大通りに着くなり、うららは瞳を輝かせた。

 肉の焼ける音やソースの香り、飴細工の宝石みたいな彩りなど、至る所から食欲を刺激された。


 まず三人はクレープを買い、広場の飲食スペースで互いに一口ずつ交換しながら食べた。

 ふんだんに挟まれた生クリームとチョコソースが、わざとらしい甘さを舌の上に残す。体に良くないことは分かっていたが、それが却って癖になりそうな味わいだった。


 うららは一足先に自分のクレープをぺろりと平らげると、「他にも食べたいものがあるから!」と言い残し、人混みの中に消えていった。


「ほんと、食い意地張ってるねぇ」

「うららさん。普段からよく食べるほうですから」

「ふぅん」


 そこで会話は途切れ、氷彗は困ってしまった。

 考えてみれば、凪と話せる共通の話題がない。

 

「そういえば、鳥見川さんにずっと聞きたかったんだけどさ」


 そこへ、渡りに船といった形で凪が口を開いた。


「はい? 何でしょう」

「君は、うららと付き合ってるの?」

「——っ!?」


 クレープが気管に入りそう、思わず咳き込む。


「けほけほっ……ち、違います! どうしてですか?」

「急に下の名前で呼び合うようになったし。それに、最近あいつからのラインで、鳥見川さんの惚気話が増えたから。もしかしたらそうなのかなぁ、と」


「の、惚気話!?」

「心当たりないの?」


 とんでもないことを確認しようとする割に、相変わらず凪は飄々としている。

 動揺しているこちらが、まるで子供みたいだ。そう思った氷彗は、平静を装って答えた。


「確かに、以前より仲良くさせてもらっていると思いますが……つ、付き合っているなんてことは」

「そっか……でも、少なくとも鳥見川さんは、うららのことが好きなんだよね?」

「ひゃいっ!?」


 だが、張りぼての平静は情けない声とともに崩れていった。

 この人は、一体何を考えているのだろう。

 逃げ道をことごとく塞がれて、いよいよ返答に困った時。


「ごめん! クロワッサンたい焼き、結構並んでてさ~」


 と、うららが戻ってきた。「遅いよ」と凪が顔をしかめる。どうやら、追及は免れたみたいだ。


「あ! 今度はあれやろうよ!」


 これまでに流れていた空気を、うららは知る由もなく、無邪気に指をさした。

 その先には射的の屋台が立っていた。


 ❄❄❄


 結果から言えば、うららの射的は全然だめだった。

 コルクは的にかすりもせず、むなしく台座の間に消えていった。


「おかしい。なぜ、どうして…‥こんな」

「それはこっちの台詞だよ。金魚もスーパーボールも一発目から網破いていたくせに、どうして射的はうまくいくと思ったんだか」


 対して、凪の射撃はまっすぐ正確だった。

 確実に落とせる的を狙い、自撮り棒と粒チョコの二つを手に入れた。


「新庄さん、すごいです」


 凪がコルク全弾を撃ち終え、氷彗の番が回ってくる。


「大したことないよ。コツがあるのさ。ちょっといい?」

「え?」


 凪は氷彗に銃を持たせると、そのまま手を離さず、抱きすくめるみたいに後ろへ回った。浴衣越しに、彼女の体温が伝わってきた。


「あ、あの新庄さん?」

「ほら、ふらふらしない」

「……はい」


「撃つときは、台になるべく近付いて景品との距離を縮める。銃口をふらつかせないように脇を絞めたら、標的の上端を狙う」


 レクチャーに従い、引き金に指をかける。

 撃ち出されたコルクは、こつんと箱にかすった。


「まだ肩に余計な力が入ってるね」

「氷彗~、凪~。がんばれ~!」


 うららが手を振って、こちらに声援を送る。

 氷彗は意気込んで、銃を構えなおした。

 すると、耳元で凪にそっとささやかれる。


「さっきの話の続きなんだけど……うららのこと、好きなの?」

「っひ!?」


 また外した。

 凪は何事も無かったように、表情一つ変えていない。

 逃げられない状況になり、氷彗は答えざるを得なくなってしまった。


 コルクを入念に詰め、自分の気持ちの位置を探るように、的を狙う。

 しかし、相変わらず銃口はブレたままだった。


 多分、それが今の答えなのだろう。


「……分かりません」


 情けないが、正直にそう答えた。


「私には友達がいなかったので……うららさんほど、仲良くなった人は初めてなんです。だから、まだこの気持ちの名前は、分かりません」


 その答えを聞いても、凪の表情に感情は現れなかった。しかし、浴衣越しから伝わる雰囲気は、少し優しくなったと氷彗は感じた。


「そっか……ありがとう、答えてくれて」


 銃身に凪の手が添えられると、時間が止まったみたいにブレが収まった。


「ちなみに。私は————」


 瞬間――


 花火の爆ぜる音が、その答えをかき消す。


 気付いた時には、もう引き金は引かれていて、コルクは見事「二等」と書かれた箱を倒していた。


 ☀☀☀


 混雑を避けるために、少し早いがうらら達は帰りの電車に乗った。


「楽しかった~~!」


 うららは、いまだ祭りの興奮に浸っていた。指を折って、今日やったことを一つ一つ思い出していく。


「浴衣も着れたし、花火も見れたし、射的も大勝利したし、たい焼きもクレープも唐揚げも食べられたし…………あぁっ——!」

「どうしたの?」

「忘れ物ですか?」


「うん、忘れた……ベビーカステラ、食べるの忘れたぁ」


 致命的な見落としだ。それなのに、凪は呆れてため息をついた。


「どれだけ食べるつもりなのさ。諦めなさい。鳥見川さん、気にしなくていいから……鳥見川さん?」

「諦めるには、まだ早いです!」


 氷彗はいつの間にか料理をする時みたいに、目の色を変えていた。

 胸の位置に、先ほど勝ち取った景品を掲げる。


「今から作りましょう、ベビーカステラ! 射的で当てた、タコ焼き器で!」


(後編へ続く)

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