第25話 ゲーム・現実・あんこう鍋(前編)

こちらのお話は、


・二人(今回は四人)がご飯を作って食べるだけのお話です。

・ファンタジー要素はありません。

・幽霊、あやかし要素はありません。

・ミステリー要素はありません。


また、科学的説明はあくまでスパイスです。

つまらなかったり、面倒くさければ、読み飛ばしてもらっても全然大丈夫です。

以上の点にご注意の上、お腹を空かせてお読みください。


———————————————————————————————————


 ☀☀☀


「ハロウィンパーティーお疲れさまー!」


 十月も下旬にさしかかったある土曜日のこと。

 うららと氷彗は、凪の勤める科学博物館に来ていた。

 今日のイベント、ハロウィンパーティのボランティアをするためである。


 凪が担当していたお菓子の科学実験は好評を博し、客席は日中満員御礼の状態だった。

 来館客の対応や準備に片付け。開館中忙しくてひっきりなしに動き回っていた三人だが、閉館時間を迎えた今、ようやくここ科学実験室で落ち着くことができた。小学校の理科室を思わせるこの部屋は、どうやら凪の裁量である程度自由に使えるテリトリーらしい。


「お疲れ様です」


 氷彗は、そう言ってコーヒーを差し出してくれた。

 イベントの趣旨に合わせ、今日の彼女は魔女の衣装を身に纏っている。とんがり伸びた三角帽子が何とも不思議な雰囲気だ。

 ちなみに、うららのコスプレは赤いマントの吸血鬼である。


「いやぁ、大盛況だったね。凪、昨年よりかなりお客さん入ってたんじゃない? 特に小学生」

「あー、確かに。それ多分、あの子のせいだろうね」


 そう答えた凪はシスターのコスプレである。

 と言っても、節々から溢れるけだるさは隠せておらず、教会で真摯に祈りを捧げる雰囲気など皆無だった。


「あの子って、氷彗の従妹の?」

「そ。学校で宣伝して回ったんだってさ。まぁ、何にせよ二人とも、助かったよ。特に鳥見川さん、ありがとね。飛び込みでボランティア入ってもらっちゃって」

「いえ、そんな。私も楽しかったですし」

「そう? ならよかった」


 一仕事終えたことを体も悟ったのだろう。

 うららの腹の虫がぐぅと鳴る。


「ねぇねぇ、打ち上げに何か食べに行こうよ。焼肉とか!」

「えぇ、焼肉は君こないだ食べたんでしょ。疲れたから脂っこいのは遠慮したいんだけど……」

「なら、ピザ!」

「人の話聞いてる?」


 その後も、ウナギ、お好み焼き、ラーメンと候補が飛び交うが、なかなか凪には刺さらない。

 まとまりそうにない話をだらだらと続けていると、不意に科学実験室の扉が開いた。


「ふふふ、話は聞かせてもらいましたよ!」


 現れたのは、銀縁メガネが特徴的なツインテールの女の子。


「暮葉ちゃん?」

「おー、氷彗とそっくりの従妹ちゃん」


 噂をすれば何とやらだ。

 氷彗の従妹である暮葉はアリスのコスプレをしていた。スカートにフリルが施された水色ベースのかわいい衣装である。


「その話、ゲームで決めてみてはどうでしょうか!」

「……ゲーム?」

「そう、この深海魚カードゲームで!」


 そう言って暮葉は、胸に抱えていた群青色の箱を高らかに掲げる。

 どうやら、アナログゲームのパッケージらしい。

 前面には深い海を泳ぐ、グロテスクな深海生物が描かれていた。


「これ、暮葉ちゃんのですか?」

「いいえ、ここに向かう途中にゴツい学芸員の方から渡されました。“そろそろプレイレポート書いてくれ”という言伝て付きで」


 ゴツい学芸員というのは、おそらく凪の教育係の先輩だろう。

 そんな特徴の上司のグチを何度か聞いたことがある。


「あ……忘れてた」

「凪? 何かあったの?」


 面倒くさそうな表情を浮かべ、シスター姿の凪は頭を掻いた。


「いや、そのカードゲームね。今度うちのショップに出すんだけど……職員の誰も遊んだことなかったから。試遊しておくように言われてたんだよね。今日まで忙しくてすっかり頭から抜けてたけど」

「なら、丁度いいじゃないですか! 早速やりましょう」


「職務中なんだけど?」

「“提出期限は明日”だそうですよ?」


「はぁ……分かったよ。うらら、鳥見川さん、ちょっと付き合ってくれる?」

「はい」

「もちろん! ゲームの勝者が言うこと1つ聞いてもらえるってことでいいね」

「どうして初めて遊ぶゲームでそこまで強気になれるんだ君は……」


 そんなわけで——

 コスプレをした四人は、科学実験室でカードゲームをすることになった。

 プレイするのは、深海魚カードゲーム「ミスティクア」。


「プレイヤーは始めに潜水調査船カードを一枚ずつ持ち、手札ゼロの状態からスタートです。まず最初に山札から五枚を裏向きのまま、場に並べます」

「ふむふむ」

「そしてここからフェイズ1、レーダー! プレイヤーは場札の一枚を自分だけが分かるように確認して、元に戻します」


 こっそりとカードの表を覗く氷彗が、隣の凪に質問する。


「カードに書いている水深レベルとレア度と言うのは何ですか?」


「あぁ、水深レベルはその深海魚が棲息している深さだね。自分の潜水調査船カードが同じ水深レベルにいないと、その深海魚をゲットできないんだよ。だから次のフェイズ2=移動で、調査船カードを移動させる……っと」


 地上、中深層、漸深層、新海層。

 四辺に記載された文字を指さし、目的の深海レベルが上に来るよう、凪は調査船カードを回転させた。


「そしたらターンは巡って、またフェイズ1からです。今度は場札を一枚選んで皆に公開します。めくった深海魚と自分の探査船の水深レベルが一緒だったら、カードゲットです」

「ほうほう。こうして手札を増やしていくわけか」


 先ほどめくったカードに水深を合わせ、うららは一枚の深海魚カードを得た。

 描かれているのはとげとげしいアンコウだ。平べったくて顎が大きい、グロテスクなビジュアルである。


「これを繰り返し、手札が三枚になったら——」

「いよいよ、バトルだね!」

「学会に行きます!!」


「……………………なぜにっ!!!???」


「三枚のうち一枚を裏向きにして学会に提出します。最もレア度の高い深海魚を提出したプレイヤーは、昇進できるわけです!」

「……ちょっと待って。一番大切なことを確認しないまま始めちゃったんだけどさ。このゲームの勝利条件って?」


「ん?  一番早く四回昇進して、教授職に就くことだけど?」


「ただの現実だった——————————————!!」


「いや、ゲームだって」

「リアルすぎるよ! どうしてゲームでまで学会行ってサバイバルしちゃってるの!」


 全くもって予想していなかったゲーム内容に、うららの頭はパンク寸前だった。

 どうにか目の前の手番に収集しようとして、調査船の水深レベルを操作する。


 さっきレーダーで確認した深海魚はリュウグウノツカイ。レア度はかなり高い。ゲットできれば学会でも有利に事を進められるだろう。

 そう思っていたうららだったが、次のターンが回ってくる直前、暮葉がそのカードを取ってしまった。


「あー、暮葉ちゃん! それ私がゲットしようと思ってたのに!」

「ふふふ。皆さんの調査船の水深レベルは公開情報ですので。それを先読みして横取りするのも戦略の一つです」

「ぐぬぬ……」


「何だか飯塚教授から聞いた話みたいですね」

「え?」

「飯塚教授、ポスドク時代に中途半端に進捗報告して、成果を横取りされたことがあるらしいです。これって、今の暮葉ちゃんと似てますよね!」

「だから、どうしてそんなところにリアリティこだわっちゃったのぉ! このゲーム、深海魚の生態知ってほしいとか、そういう趣旨で作られたんじゃないの? アカデミックの闇がビンビンに伝わってくるんだけど!」


 かくしてその後も、カードゲームという名のアカデミックサバイバルは続いていった。

 半時間ほどの死闘の末、結果は次の通りになった。


「暮葉ちゃんと同着ですね」

「やたー! お姉ちゃんと一緒にプロフェッサーです!」

「うぅむ。准教授までは上り詰めたんだけどねぇ」

「ま、万年ポスドク研究員……だとっ!?」


 輝かしい功績で栄誉ある地位を得た三人。

 その一方でサンプルを横取りされ、学会では注目されず、同じ所をぐるぐる回って研究人生を終えた一人のポスドクもいた。


「これはゲームこれはゲームこれはゲーム! 現実なんかじゃ、ない!」


 そう必死に言い聞かせるが、漠然とした不安は暗雲となってうららの心を覆っていった。


「まぁ、これでプレイレポートは書けそうだね。絶妙なバランスの心理戦が楽しめるけど、実際の院生を参加させるのは危険……と」


 うなだれるうららを後目に、凪は暮葉に頭を下げる。


「それで、教授さま。聞いてほしいお願い事って?」

「そうでした。先生……じゃなくて准教授よ。打ち上げの料理ですが、私ずっとこれを食べてみたいと思っていたのです」


 場に残ったカードの中から、暮葉は一枚の深海魚を指さした。

 うららが一番最初に引き当てた深海魚である


「……これって、アンコウ?」

「はい、プロフェッサー暮葉は、アンコウ鍋を所望します!」


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後編へ続きます。

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