第14話 お盆・ふるさと・夏カレー(前編)

こちらのお話は、


・二人がご飯を作って食べるだけのお話です。

・ファンタジー要素はありません。

・幽霊、あやかし要素はありません。

・ミステリー要素はありません。


また、科学的説明はあくまでスパイスです。

つまらなかったり、面倒くさければ、読み飛ばしてもらっても全然大丈夫です。

以上の点にご注意の上、お腹を空かせてお読みください。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ❄❄❄

 

 昼下がりの大学構内は、まるでサウナのようだった。

 四方八方からセミの鳴き声がひっきりなしに轟き、鼓膜が痛い。目の前の地面は存分に熱されて光を曲げ、幻影のように揺らめいていた。


「暑いぃ……溶けそう……」


 隣を歩くうららは、力ない声でそうこぼした。額と頬には、玉のような汗がじっとりと浮かんでいる。普段はシャキッと伸びた背筋が、今は猫のように曲がり、いつもの元気は溶けだしていた。


 先週行ってきた学会の旅費申請のために、先ほどまで二人は学部棟の教務で手続きを行っていた。研究棟までの帰り道は、たったの100メートルである。それでも、容赦のない夏の日差しは、瞬く間に二人の体力を奪っていった。


「天気予報だと、今日は40℃を超えるらしいです」

「本当に? 通りで出歩くだけでクラクラするわけだ」


 うららは片手に持っていたペットボトルのキャップを外し、スポーツドリンクを口に含んだ。上下する喉を一筋の汗が這い、うららの胸元へと流れていく。その光景がとても艶めかしく、いけないと思いつつも、氷彗は目を離せないでいた。


 その視線に気づいたのか、うららがこちらを見る。


「氷彗も飲む?」

「えっ?」

「水分補給。しっかりしておかないと倒れちゃうよ」


 ぐいっと、うららがこちらにペットボトルを渡してくる。

 水滴の張った表面は冷たく、中では薄く白濁した液体が波打っていた。


 飲み口に唇を添える。一瞬、「間接キス」という言葉が浮かんだが、氷彗はぶんぶんと頭を振って消し飛ばした。小学生じゃあるまいし、そんなことをいちいち気にするものではない。


 意識しないようにスポーツドリンクを飲んでいると、2人のスマホが鳴った。


「メール? 事務からだ。多分、氷彗にも来てるよ」


 うららはこちらにも聞こえるように件名を読み上げた。

 

「夏季休業と法停電のリマインド……そっか、もうそんな時期か」


 学会も花火大会も終わり、世間はお盆休みに差し掛かろうとしていた。

 普段なら世間の流れに逆らって深夜や休日に研究している氷彗たちであったが、この時期ばかりは電気も止められてしまうので、従わざるを得なかった。


「今年度も大体半分すぎちゃったんだね。あっという間だ」


 感慨深そうに空を見上げたかと思うと、うららは肩を落とした。


「お盆休みの間は、氷彗の料理おあずけかぁ」

「そっちですか……うららさんは前期最後の料理、何がいいです?」

「う~ん、そう言われると悩んじゃう」


 うららは腕を組んでぶつぶつとつぶやき始める。


「やっぱり季節に合わせて夏っぽいものがいいけど、定番料理も捨てがたいし……けど、最近暑すぎて食欲落ちてきてるからなぁ」


 一見バラバラで、全部叶えることは難しそうなリクエストに思える。たが、氷彗はあるメニューを思いついた。


「でしたら、夏カレーはどうでしょう?」

「夏カレー?」


「えぇ、夏っぽくて定番。そして何より、スパイスは暑さで落ちた食欲を促進してくれます」

「なるほど! いいね夏カレー! そうしよう!」


 メニューが決まったところで、二人はようやく研究棟にたどり着いた。


 別れ際、氷彗は自分がペットボトルを持ったままだということに気付き、慌ててうららを呼び止めた。

 

「あの、うららさん! これ」

「ん? あ、そっかそっか忘れてた。ごめん」


 ペットボトルを返されたうららは、思い出したようにしれっと言った。


「……今思ったら、間接キスしちゃったね」

「―――――――――――――――っ!?」


 「じゃ、また夜にね」と言い残し、去っていくうららの後ろで、氷彗は茹でられたみたいに顔を真っ赤にさせていた。


(後編に続く。)

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