第13話 セキュリティってなに?
ここは斎原家の通用門にあたるらしい。
それでさえ、古刹のような重厚さと風格を感じる造りになっている。だから斎原家の正門がどんなものかは言うまでもない。何度も国宝指定を断っている、と云うだけで十分だろう。まして建物自体は、だ。
白い玉砂利を敷き詰めたなかに、庭園の踏み石のように通路が出来ている。僕は何度かこの家に来ているが、畏れ多くてこの通路以外を歩く気にはならない。まあ、斎原は平気で砂利を蹴散らしているが。
「手入れが大変そうだよな、この庭」
斎原は振り返った。その表情からすると、少しは怒気が収まったようだ。
「ああ、この砂利は機械で自動的にならしているんだよ。なんていうの? お掃除ロボットみたいなもので」
へえ。
「でも庭木はもちろん職人さんだけどね。機械化は可能なんだけど、同時に何百人も解雇されたら庭木業界さんも困るでしょ」
そんなに雇用してたのか。このお屋敷。
僕たちの後ろで、門が自動的に閉まった。振り向くと、
何歩も歩かないうちに斎原のポケットから警告音が響いた。
「あ、しまった。君依くん、最近来てないからセキュリティーの更新しなきゃいけなかったんだ」
斎原は携帯電話を取りだした。警報を止めるとカメラを起動する。
「この画面の真ん中、丸い表示を見て。まずは網膜認証登録するから」
ディスプレイには僕の顔が映っていた。ああ、僕って普段こんな間抜け顔なんだ。
「はい、いいよ。あとは君依くんの個人データを更新して、っと」
斎原は僕についての項目を入力している。
それを見るとも無しに見ていると。
「なあ、斎原。僕の属性を『従僕』って入れなかった?」
「え? 合ってるでしょ」
だって、他に『友達』とか『親戚』とか選択できるようになっていたのに。もちろん今回は該当しないけど『恋人』なんてのもあったぞ。
「だって『友達』って入れると面倒なのよ、親密度とか追加で入力しなきゃいけないし。好感度レベルによっては排除対象になるんだから」
「なんだその排除対象って」
いいじゃない、そんな事。と、斎原は答えてくれなかった。
「とにかくこれは私が見つけた、システムの裏コードなの。これでセキュリティをかいくぐっているんだから、安心してついてきなさい」
そういう意味ではないのだが。
斎原が暮らしているのは、離れのような小さな一戸建ての建物だった。親元を離れ(家の敷地内ではあるが)自分の身の回りの事はすべて自分でやっているらしい。彼女がこんな出自なのにも関わらず、あまりお嬢さんぽくないのはそのせいかもしれない。
「さあどうぞ、入って」
玄関を開けたところで、斎原は足を止めた。いや、止めざるを得なかった。
たぶん部屋中に積み上げてあったのだろう、大量の本の山が崩れ、玄関が埋まっていた。斎原は僕を振り返った。かつて見た事が無いほど弱気な笑顔を浮かべている。
「あのさ、君依くん。いつもはね、普段はこうじゃないんだよ。……だから、片付けを手伝ってくれないかな」
豪雪地帯の雪かきみたいな作業が終わった。
積み上げた本で、壁はまた見えなくなった。僕は、立山の山頂付近にあるという道路の雪壁を思い出した。でもまたすぐに崩れそうだが。
「ありがとう、やっと片付いたよ」
そう言って斎原は抹茶の入った大ぶりな茶碗を差し出した。なにか台所でシャカシャカと音がすると思ったら、お茶を点てていたらしい。
「ほー、美味しい。苦くない。っていうか甘いぞ? 砂糖が入ってるだろ、これ」
「まさか入れないよ。ただの
「グリーンティ? 抹茶じゃないんだな」
「それってどこか違うの?」
斎原って、意外なところで抜けているようだ。
まあ、美味しいからいいけど。
「ところで、なんで君依くんがここに居るんだっけ」
お前はうちの隣のネコか。
☆
「ああ。忘れるとこだったよ。いざうちに入ったら
ははは、と僕たちは声を合わせて笑う。
「じゃあ、どうする。まずお風呂に入る? それとも、ここで私と♡?」
「露骨すぎるよ、斎原。お前らしくもない」
ふふっ、と斎原は小さく笑った。
「ごめん。一時の感情に流されちゃってた。大丈夫だよ、もう落ち着いてるから」
ああ、よかった。これでいつもの斎原だ。
彼女は、にこっと笑った。
「じゃあ、せっかくだから。君依くんが藤乃さんの家で何をやっていたか、そのお話をしましょうか」
新たな地獄の始まりだった。
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