第9話 彼女は文妖を呼ぶらしい
「でも君依くん。密室に藤乃さんと二人きりだからといって、中で変な事しちゃ駄目だからね」
帰りがけに、いきなり釘を刺された。大体想像がつくと思うが、斎原は冗談を言う女ではない。僕はぎこちなく振り返った。
「し、心外だな、僕にだって自制心くらいあるんだぞ」
どうだか。斎原は首を振った。
「君依くんは状況に流されやすいから心配なんだよ。ちょっと良い雰囲気になると、すぐにフラフラとキスとかしちゃうんじゃないかと思うんだけど」
さすが幼なじみと云う他ない、斎原には全部お見通しだった。
(でも誤解するな斎原。それは最初の一回だけだ、いや二回だったか? それ以降は頑張って断っているんだから)
「うん? 何か言いたいことがあるの?」
「いや、ありません……」
だけどそんな事、絶対に言える筈もなかった。でも、ちょっと心配になったので確認しておく事にした。
「え、と。一応聞いておくけど、それは何処までならOKなのかな……」
どこまで? 斎原のこめかみが、ぴくりと動いた。
「まさかもう何かやらかしたんじゃないでしょうね」
あ、え、いや……これは失敗したらしい。
「まさか。は、はは」
ははは、と斎原も笑う。その笑顔が、無表情に
「おい、かがり。……貴様」
すごく久しぶりに斎原から呼び捨てにされた。しかも貴様って。
「は、はい。すみませんでしたっ!」
全て、白状させられた。
「まったく。私が好きになる男って、どうしてどいつもこいつも……。あぁ、汚らわしい、汚らわしい」
最後に二回繰り返すのは、斎原が超絶不機嫌な時だ。
でも好きになる男って言った?
「はあ? そんなこと言ってませんけど」
いや、でも確かに。
もはやこれが、僕の唯一の生命線のような気がしてきた。
「言ってません。それ以上何かしゃべったら、刺すよ」
終わった。
☆
「まあ、私が藤乃さんに依頼したのが悪いんだけどね」
正座したまま斎原に説教されていた僕は、その言葉に一息ついた。
「でも、そのおかげで最近は聞かないでしょ、視線を感じるって話」
確かに、図書本館での噂は立ち消えになったようだ。別館での騒ぎがあったから印象が薄くなっているが、これはいつの間に原因が解消されたのだろうか。
「だって、その原因が藤乃さんだったんだもの」
藤乃さんの片想い? が文妖を刺激したのだそうだ。斎原は僕や藤乃さんの行動パターンと、文妖を感じたという日時からそれに気付いたらしい。
「本当に、何で君依くんみたいなのが良いのか、私には全然分らないけどね」
そっぽを向いて言った。
斎原は決して後回しにしていた訳ではなく、ちゃんと解決策を考えていたのだ。もちろん、寄贈本のデータ入力をする為の人手を確保するというのが本来の目的だったのだろうけれど。それが今回は裏目に出たわけだ。
「何を人ごとみたいに言ってるの、君依くんが直接的な原因でしょ!」
また怒られた。
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