第19話 彼女の部屋で告白を

「なぜ僕は、いつもこんな目にあうんだろう」

 先を歩く藤乃さんの背中を見ながらため息をついた。


「どうしたんですか。もう一軒行きますよ」

 両手に持ったバッグがずっしりと重い。


 中身はもちろん藤乃さんの買い込んだ本だった。タイトルを口にするのも憚られるものが、約半分を占める。

 ただそれでも、彼女に言わせればソフト路線なのだそうだが。


「こんなに買うつもりは無かったんですけどね。やはりこの町の書店は品揃えが豊富です」

 嬉しそうな藤乃さんを見ると文句は言いにくいが、つもりが無いと云う割りに、しっかりと布製のバッグを3つも用意しているのはどういう訳だ。


 結局、夕方近くまで買い物に付き合わされた。


「よし。今日はこれくらいにしておきましょう」

 藤乃さんが宣言し、デートは終わった。

「じゃあ、これを家まで運んでもらえますか。後でちゃんとお礼はしますから」


 ☆


「今日は両親がいるから、君のこと紹介させてもらいますね」

 さらっと言う。僕は念のため確かめた。

「あの、藤乃さん。それって友達として、だよね」

「え。やっぱり従僕の方がいいですか」

 それは斎原だ。



「そうか、由依の彼氏ですか。それは……」

 感極まった表情でお父さんが上を向いた。

「それはきっと大変でしょうね」

 にこやかに、お母さんが後を受けた。さすがご両親だ。よく分っていらっしゃる。


 そのまま引き留められて夕食をごちそうになった。

「うむむ」

 僕は唸った。なるほど、そうか。親があまりに料理上手だと、子供はその反動で……。

 うん? と藤乃さんは小首をかしげた。


「じゃあ、私たちは出掛けるよ。帰りは少し遅くなるから……君衣くん」

 お母さんは藤乃さんにそっくりな笑顔で僕に言った。

「泊まっていきなさい、ね」


 罠にはまった気がする。


 ☆

 

 いま藤乃さんは、シャツのボタンを外していた。


「君に見せたいものがあるんです」

 そう言って藤乃さんは上着を脱ぐと、シャツの前を開いた。……真っ赤になって、顔をそむけながら。


 折木戸は藤乃さんのご両親のことを知っていたらしい。こんな事を言っていた。

「藤乃は顔はお母さん似で、胸はお父さんにそっくりなのだよな」

 僕は納得した。折木戸にしては実に的確な表現だった。


 だが、僕の視線はそこには向かなかった。

 大きな傷跡が、藤乃さんの胸から脇腹にかけて走っていた。

「何度か整形手術したんだけど、これくらいが精一杯らしいんだ」

 気持ち悪いよね、そう言って涙を浮かべる。


 そういえば学校では必ずベストを着用している藤乃さんだった。この傷跡が透けて見えないように。

「赤ずきんの『悪いオオカミ』って言われてたよ。小学校の頃はね」

 

「でも、君には知っておいて欲しかったんだ」


 藤乃さんはどれだけ辛い思いをしてきたのだろう。

 僕は藤乃さんを抱きしめた。

「この傷も含めて藤乃さんなんだ。僕の大好きな……」

 藤乃さんも僕の背に手を回した。


「僕と付き合って下さい、藤乃さん」

 藤乃さんは僕の胸に顔を押し当て、何度も頷いた。


「よかった。ちょっと安心した。でも……」

 そこで藤乃さんは少し笑った。

「君たちって本当に双子みたいなんだね。折木戸さんも同じことを言ってくれたよ」

 む。それは恥ずかしい。だけど。


「それって、どういう状況で?」


 え? と藤乃さんは目を見開いた。その目が急に泳ぎ始める。

「あれ、どこでだったっけ。んーと、ああそうだ、気のせいだったかも」

 明らかにしらばっくれようとしているな。

 そういえば折木戸。以前、藤乃さんを脱がせたとか何とか言っていたような……。


「何をやってるんだ、折木戸!」

 僕の藤乃さんに。


 ☆


「お泊まりするなら、わたしのパジャマを貸してあげてもいいですよ」

 本気か冗談か分らない口調で藤乃さんが微笑む。

「そもそもサイズが合わないでしょ」

 それに僕の中のなにか大事なものが壊れそうな気がするので、丁重にお断りする。


「じゃあまた、一晩中お話しましょうか」

 藤乃さんはクッションをひとつ、ベッドの枕に並べて置いた。

「これは、どういうつもりなんだろう」

「はい。これなら寝落ちしても大丈夫です」


 藤乃さんって、こんな性格じゃなかったはずなのに。いつの間にか折木戸の悪影響を受けているようだった。


 二人の関係性が気になるところだ。

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