第4話 資材室の二人

 ここ東雲しののめ高校の図書館は大きく分けて『本館』『別館』『東館』そして閲覧用にはしていない書籍を保管する『書庫棟』に別れる。


 今、僕は机を挟んで、小柄な女の子と向かい合っていた。

「あ、あの。わたしをこんな所へ連れ込んで、何をするつもりなんですか」

 彼女は落ち着かない様子で室内を見回した。半分逃げ腰になっている。

 僕たちは『書庫棟』に設置されている資材室にいた。確かに、薄暗く人の出入りもまれなこの場所で、男子と二人で落ち着ける女子は少ないだろう。

 だけど。……だけど、だ。


「まさか、斎原から聞いてないの?」

「なにをですか。折木戸さんを毎晩裸にしているという話なら、教室で小耳に挟みましたよ」

「それは、全くのデマだ」

「斎原さんの命令…いえ、依頼とはいえ今日はそのつもりで来てませんから。脱ぐのは絶対いやですから」

 両手でガードしている。


 斎原、事情くらい説明しておけ。


 この子が、斎原が紹介してくれたクラス副委員長、藤乃由依ふじのゆいさんだった。


 ☆


 肩までの髪。ほわっとした表情はたれ目のせいだろう。でも、第一印象はすごく痩せている、だろう。普段、ややぽっちゃりの斎原や、長身で均整のとれた折木戸を見ているせいもあるが、違和感さえ覚える細さだった。

「舐めるようにわたしの身体を見ているのは、どういうつもりなんですか。言っておきますが、そんな劣情を刺激するような肉体は持っていませんよ」

 まあ、それは見ればすぐに分る。


「斎原さんから、なにかわたしの事を聞いてるんですか?」

 探るような目付きで、藤乃さんは言った。

「え、斎原からは僕と同じ本好きだから、としか」

「やはりそうなんですか」

 ばっ、と彼女は身を乗り出した。表情が一転している。

「君もBL好きなんですか」

 クラスでの僕のイメージはどうなっているのだろう、本当に心配なんだけど。


 でも急に目がキラキラし始めた藤乃さんを見て、違うとは言えなくなった。

「ああ、よかった。これで安心できます。さあ、これから何をするんですか。何でも手伝いますよ」

 それはそれで好都合なのだけれど。


 ではまず、図書の分類について藤乃さんに説明する。

「簡単に言えば、本のデータをこのパソコンに登録するだけなんだけどね」

 まず本のタイトル。作者名。出版社。発行年月日。そして何版目か。本のサイズとして、大きさ。ページ数。捜せば寄贈される以前の更に前の所有者の印があったりする。それも記録するのだ。そして最後は、それを本の内容によって分類する。

「これって、何の為にですか」

 あまりにもっともな問いに、僕は言葉に詰まった。

「斎原の趣味、かな」

 藤乃さんはため息をついた。

「じゃ、仕方ありませんね。やりましょう」


 ☆


「この図書館では、トラが出没するらしいじゃないですか」

 カタカタとキーボードに指を走らせながら藤乃さんは言った。

「見た事あるの、藤乃さん」

「それっぽいものは……」

 それで、よく平気でここにいるものだ。僕は思った。

「ここでじゃ無いですよ。もう10年くらい前ですけどね。市立図書館があるじゃないですか。そこで見ましたよ。でもあれはトラじゃなかったかな。なにか透明な空気の固まりみたいなものでしたけど」


 文妖だ。間違いなく。


「それに襲われた私を助けてくれた人がいて。同じくらいの年頃の男の子だったんですよ。顔も何となく覚えてます」

 藤乃さんは僕を見た。

「この高校に入学して気付きました。それって、君ですよね」

 熱い視線を受けて、僕はたじろいだ。


「は、はあ」

 そうかも、と思わず頷いてしまったが。

 僕にはそんな記憶、全然無かった。





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