第2話 図書寮の末裔

 図書寮ずしょりょう陰陽寮おんみょうりょうと並び、奈良・平安時代に起源を持つ朝廷の機関である。主に公文書の管理を司り、その長官は図書寮頭ずしょりょうのかみと呼ばれる。


 斎原美雪はその図書寮頭の末裔だ。

 元の姓は才原氏であるが、平安時代の終わり頃、のあるこの東雲しののめ市に移住して以来『原』を名乗ることになった。

 

 この東雲市は、斎院と斎院付きの図書寮を中心に形成されたと言っても良い。西の神保町と呼ばれるほど、古書店が集中しているのはその名残だろう。

 僕、君依燎里きみいかがりの生まれた家も、代々『獺祭だっさい堂』という古書店を営んでいる。


 ☆


 ここで文妖について説明しておいた方がいいかもしれない。


 僕が中学生になったばかりの頃、斎原に訊いたのはこうだ。

「いい、君依くん。天地のことわりを司るのが陰陽師なら、文書を統治するのが図書寮なんだよ」

 はあ。と僕は答えた。

「文妖というのは、本に寄生する生き物であり、本そのものでもあるの」

 この辺りで僕の理解能力は休眠状態に入った。

「だから、本というのは意識を持っているんだよ」

 常に語りかけてくるのが聞こえない?

 ついに僕は、良く分らない宗教の勧誘を受けているような気持ちになった。


 しかし、次の一言だけは共感できたのだ。

「図書館の本は、一種のネットワークを形成している」


 斎原のその言葉は僕の頭の中で爆発的な光を持って響いた。

「本は一個の細胞で、それが集まって図書館という『生き物』を構成しているということか、斎原」

 おおっ、と初めて斎原の顔が輝いた。

「分ってるじゃない。さすが私の従僕」

 その感心の仕方はどうかと思うが。


「で結局、文妖って何なんだ」

 僕の言葉に、斎原は言葉を濁した。

「うん。それを語るには時期尚早かな」


 どうも、斎原もよく分かっていないみたいだった。


「いいんだよ、時々発生する不思議な生物だと思っていれば」

 それが結論らしい。


 ☆


  この高校の図書館には大きな問題があった。

「ここはね、奈良時代の建物なんだ。もちろん現代仕様に改修されてるけどね」

 確かに電灯とかエアコンとか付いてるけど、外壁は木造のままだ。

 図書寮の書庫の一部を江戸時代に移築して、藩校として利用していたものらしい。

「だから出やすいんだよ」

 なにが、と僕は訊いた。

「もちろん文妖に決まっているじゃない」

 訊くまでもなかった。でも、なんで、わざわざこんな厄介なものを。

 それに。

「図書寮の一部ということは、これって……」

 ああ、そうだよ。斎原は頷いた。

「元は私のお家の一部、ということになるね」

 僕は、斎原家の敷地内で遭難しそうになった事を思い出した。


 ☆


「じゃあ、始めるよ」

 斎原は『文妖』調査開始を宣言した。




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