図書寮の末裔~恋する図書委員長は戦い続ける
杉浦ヒナタ
第1話 はじまりは『山月記』
「……斎原、これって何だと思う?」
僕はおそるおそる、脚立の上に向かって声をかけた。
「え、なにが? あ、ちょっと、もう。上は見ないでって言ったでしょ」
斎原は制服のスカートを押さえ、僕を見下ろした。
いや、……だって。
横目で見ると、僕の両肩に巨大な動物の前足が乗っかっているのだ。黄色みを帯びた艶やかな被毛には黒い縞模様があった。
そして僕の頭の上にあるのは、多分そいつの下あごだろう。すぐ後ろでゴロゴロと喉が鳴る音がしているし。
もしかしたら、僕はいま脚立を押さえながら、トラをおんぶしているのではないだろうか。
「ああ、
「お前の知り合いなのか、このトラ」
はあ? 斎原が軽蔑の眼差しで僕を見た。
「知らないの、
しらないよ。だってトラだぞ。
※『山月記』中島敦 著
☆
斎原は脚立の天板に座り、『山月記』のあらすじを教えてくれた。
なるほど、それは読んだことが無かった。
「信じられない、家が古書店なのに。どうせ新刊のライトノベルばかり読んでるんでしょ、君依くんは」
それを言われると、反論できないけど。
「だったら、やはりお前の仕事じゃないか。何とかしてくれよ、これ」
もう、うるさいな。立ち上がった斎原は脚立の上でバランスを崩した。
「あ……!」
彼女は両手に本を抱えたまま、背中から僕の胸に飛び込んできた。
僕は斎原と一緒に床に倒れ込んだ。
いつの間にかトラは姿を消していた。
☆
僕の名前は
図書館備付けの脚立から落下してきたのは、幼馴染みで同級生の
「もう大丈夫だから手を離して。でもよかった、君依くんなんかと身体が入れ替わったりしたら、どうしようかと思ったよ」
確かにそんな映画もあったけれど。
結局、新しい恋は生まれず、また心に傷を負っただけだった。いや、そういえば心だけじゃない。僕は気づいた。
「あれ、足が」
斎原と一緒に転倒した時、膝をひねったらしい。動かすと激痛が走る。斎原が慌てて僕の上から降りた。なんだか脚が変な方向に曲がっているような気がする。
斎原の肩を借りて立ち上がるが、右脚に全然力が入らない。ふらついて斎原に抱きつく格好になった。意図せずに触れた柔らかな胸の感触が手に伝わった。
おおう、思わず声が漏れる。やはり斎原って……。
斎原にすごい目で睨まれた。
「ちょっと。君依くん、せっかく助けてあげたのに何をしてくれているの。……最低だね」
いや、そもそも助けたのは僕の方だと思うんだけど。
「何か、言った?」
「何も言ってませんよ、斎原図書委員長。お前が無事でなによりでした」
はあん? 斎原は眉をつり上げた。
「おっぱいが無事でなによりでした? セクハラ発言は大概になさいよ」
どうすれば、そう聞こえるのか不思議だよ!
「だから、お前の代わりはいないんだから。もっと気をつけろよ。怪我されたら、ほんと困るんだから」
斎原はちょっと意外そうに僕を見た。
「あ、ありがと。なんだ、やっぱり君は、従僕の鑑だね」
ちょっと照れている。どうも何か勘違いしているようだ。
現在、訳あって図書委員は人手不足なだけなのだが。
しかもその原因は、この女だった。
僕はそのまま保健室から先生の車で病院へ搬送されることになった。
☆
翌朝、斎原は僕を迎えにやって来た。
彼女の家からだと結構遠回りになるはずなのだが。
斎原は僕の松葉杖姿を見るなり、ふっとため息をついた。
「あーあ。また、この私が君依くんの荷物持ちだなんて。いい加減、この屈辱にも慣れてきそうで怖いなぁ」
と言いながら、僕のカバンを奪い取って歩き出す。
まあ、こいつに関わるといつもこうなるのだ。荷物くらい持ってもらっても罰は当らないだろう。
「学校についたら、早速図書館内を調査しないとね」
きっとどこかで本が傷んでるんだ。
「だからあんな『
斎原は僕の顔を見た。
「前回、あの図書館で文妖が大発生してから17年になるんだって。周期からすると、今年がまたその大発生する年に当っていてね。つまり、『図書の反乱』が起きる年なんだ」
なんだか、ある種のセミみたいな話だ。
17年前に何が起きたか噂には聞いている。文妖の暴走によって、この図書館は壊滅状態になりかけたのだ。それを繰り返す訳にはいかない。
だからね、と斎原は真面目な顔になった。
「わたしたちが図書館の管理を任されたのは、偶然じゃないんだよ」
「僕は、図書寮には関係ないんだけど……」
「それで?」
いえ何でもありません。
こうして僕と斎原は、図書館の平和のため、戦うことになったのだ。
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