第41話 藤乃さんを捜しに行こう

「この本に足りないもの?」

 それは何だ。愛情とか、か。

「僕の修理に愛情が足りないとでも言うのか、言っておくが僕の藤乃さんへの…」


「落ち着いて、かがりくん。そういう、もっと丁寧に直せとか、そんな批判的な事を言いたいんじゃないよ」

 埜地があわてて両手をあげる。

「これは藤乃さんが、お祖父さんから贈られたものなんだよね」

「そう聞いている」

「だったら、尚更だよ」


「例えば、『藤乃さんへ……』とか最後に書いてあってもいいんじゃないかな。ばつとは少し違うかもしれないけど」

 ああ、後書きみたいなものか。


「照れ屋のお祖父さんなのかもしれない」

「でも、こんな本をわざわざ作って贈るような人だよ。なにか自分の痕跡を残そうとする気はするけど」

 そういうものかな。


「じゃあ、これにはまだページがあった筈という事か」

「ページとは限らないけど、そんなものかもしれないね」

 埜地は自信なげに頷いた。


 ☆


「はあ、まさか埜地の言うことを真に受けてるの?」

 斎原に話したらバカにされた。

「でも、あんな外道が言うことでも、寛大なわたしは、それを言下に否定したりはしないけどね」

 本当に仲が悪いな、お前たちは。でも結局斎原も同意してるじゃないか。


「ところで月沼さん、藤乃さんの居場所は見当が付きましたか」

 斎原は、生徒会室の奥にいた書記の月沼さんに声を掛けた。

「難しいですね、学校の生徒情報データにも載っていませんし」

 月沼さんはパソコンの画面を見詰めたまま、首を振った。


「あの、月沼さん。そんなデータ、どうやって調べたんですか?」

 僕は思わず訊いていた。この情報管理がうるさい時代だぞ。


「え、それは学校のサーバーにハッキ……」

「はっ?」

 いまハッキングって言おうとしなかったか?


 月沼さんは辺りを見回した。そして。

「え、えーと。…は、は、はっきしょん…」

「……」

 くしゃみの真似が下手すぎます。


 でもこれ以上追及すると、僕にも火の粉が降りかかって来そうなので、聞かなかったことにする。


 怖いよ、東雲高校生徒会。

 裏で何をやってるんだろう、この人たち。僕は組織の闇を垣間見た気分だった。


 ☆


 僕と斎原、それに才原未散と埜地を含めて検討した結果、藤乃さんは文妖だったという結論になった。

 だがそれは、ここ最近に限ってだ。きっと本当の藤乃さんはどこか別の場所にいる。いつかの時点で入れ替わったのだ。

 それは多分、あの図書館での事件の後だと推測がついた。

 

「その本は図書館でバラバラになったんですよね」

 月沼さんが目を細めて言った。

「本のことは本に訊いてみたらいかがでしょう。……藤乃さんが、その、文妖だったとしたら、何か痕跡が残っているかもしれませんし」


 そうかっ。斎原は立ち上がると月沼さんに駆け寄り、その手をとる。次に、ぎゅっと抱きしめた。

「さすが月沼さんです、ありがとう」

「きゃう」

 月沼さんの顔がみるみる赤くなった。

「……せ、生徒会長代理っ、私も大好きですうっ!」

 なにか危ない事を口走っているが、これも聞かなかった事にした方がいいだろう。


「行くよ、君依くん。もう一度図書館内を捜索だ」

 あ、ああ。僕は月沼さんを振り返った。

 大丈夫かな、赤い顔で放心状態になっているけど。…いいか、幸せそうだし。




「だめだ、声は聞こえないな」

 斎原は肩をおとした。

「じゃあ、僕がやってみる」

 手を伸ばし、本棚の本に触れた。

 図書館中の本がひとつに繋がり、ネットワークを形成しているのが感じられた。

 精神を集中し、深くその中に潜り込んでいく。


 幾つか光るものがあった。ひとつひとつ丹念に探ってみたが、それらは通常の文妖の卵だった。だが、最後のひとつ。

「あれっ」

 少し違和感があった。卵ではない。

「斎原、なにかある。607書架の下あたりに、なにか挟まっている」


 斎原と二人で本を抜き出していく。

 それは床に落ちて、ちいさな音をたてた。


しおり、だね」

 それは薄い木片で作った栞だった。薄紫色のリボンが付いている。

「きれい……」

 斎原が言葉を失っていた。

 美しい木目が現れたそれは、何かの模様が切り抜かれている。ほとんど工芸品といってもいいほど繊細な細工が施されていた。


「これだね、足りなかったもの」

 かすれた声で斎原が僕を見て言った。

 僕は肯いた。

「これはきっと、あの本に挟んであったんだ」



 その栞を窓にかざしていた僕は思い出した。

「斎原。この模様、見た事があるぞ!」

「え、どこで?」


 これは最近、頻繁に寄贈される本の裏表紙に押されている蔵書印と同じだ。


 僕と斎原は顔を見合わせた。

「じゃあ、これって。あの本の贈り主……」

「藤乃さんのお祖父さん?!」


「来て、君依くん。伝票に住所が書いてあったはずだから」

 斎原は図書館を飛び出した。


「これは、遠いですね」

 伝票の住所を見た月沼さんがぽつん、と言った。

「そういう事ですから月沼さん、生徒会の予算から旅費を出してください」

「無理です」

「宿泊費までとは言いませんから、せめて交通費を」

 月沼さんは頑として首を横に振る。

 そもそも、月沼さんは生徒会の会計じゃなくて書記だし。


「いくら生徒会長代理でも、生徒会費の私的な流用は許されませんよ」

「う、うぐ」

 これは当然だ。さすが月沼さん、生徒会の良心だ。いや、でもさっきハッキングとか言いかけてたしな。


「じゃあ、月沼さんも一緒に行きましょう」

「え……はい。いえ、駄目に決まってるじゃないですか」

 一瞬、揺らいだな。


「うむむ。仕方ないです。じゃあ、君依くん、自費で行こう」

 最初からそれしか方法は無かっただろう。



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