第32話 だれを探しに

「君衣くん、起きてる? 急いで学校へ来て」

 朝早くから斎原が電話してきた。

 何だろう、初めての事なのだが。まさか早朝デートとか、…ある訳ないか。

「くだらない事考えてないで、才原さんも連れてきてね」

 心が読まれていた。


 だが、才原は寝起きが悪いんだけれど。まあ、仕方ない。

「おい、才原さいばら未散みちる。入るぞ」

 かつての僕のベッドの上に、そいつは寝ていた。

 僕は思わず目をそむけた。

 明らかに枕と頭が逆方向を向いているうえに、パジャマが半分脱げて下着が見えてしまっている。

 絶対にクラスメイトには見せられない、あられもない姿だった。


「と言うより、……誰だよ。お前」

 見知らぬ女がそこにいた。


 そいつは腫れぼったい目を開けると、にや、と笑った。(ように見えた)

 どうやら、そこでやっと覚醒したらしい。

「ひやあーっ」

 あわてて顔を隠す。

 声はやはり才原だった。


「見ー、たーー、なーーー」

 布団の隙間から目だけ出して、才原は呻いた。

「まったく、何のホラー展開かと思ったじゃないか。斎原のお呼びだ。急いで学校行くぞ。準備しろ」

「ちょっと待って。何で、かがりが私の部屋に入ってるのよ!」

「最初に声はかけたぞ。それにここは、元々僕の部屋だからな」

「だからといって、勝手に入っていい理由にはならないでしょ」

 ああ。それもそうか。すまん、すまん。


「もう、まったく。信じられないよ」

 才原はぷんぷん怒りながら起き上がると、パジャマを脱ぎ始める。

 前のボタンを全部外したところで手を止めた。

 僕と目があった。


「いやあーーーっ!!」


 ☆


「もう。コンタクト入れる時間もないじゃない」

 才原は目玉焼きを挟んだトーストをくわえて玄関を出る。

 最初は、そんなサザエさんみたいな事は出来ない、と難色を示していた才原だったが、空腹には勝てなかったようだ。

「でも、サザエさんみたいって、何だ?」

「はあ、知らないの?」

 才原は勝ち誇ったように胸をはる。

「サザエさんって、お魚をくわえて、裸足で買い物に行くのよ」

 そうだったけな……。


 とにかく、時間が無いということで才原は今日はメガネ姿だった。

 それも丸い黒縁だ。必要最低限のメイクと相まって、普段と印象が全く違う。女王さまが清楚なお嬢さまになった感じだ。


「才原、お前。すごく可愛いな。…そのメガネ」

「ちょっと。ずいぶん失礼なことを言われた気がするんだけど」


「いやいや。才原のメガネ姿を見られただけで、今日の運勢を使い切った気分なんだからな、僕は」

「確認するけど、褒めてるのよね、それ」

「もちろんだとも。ああ、でも願わくば斎原に掛けてもらいたかったな。斎原は丸メガネが意外と似合うんだよな」

「やはり、失礼極まりない」


 ☆


 才原に引きずられるように東雲高校の図書館までやってくると、すでに折木戸を除く図書委員が集まっていた。

「どうした、斎原」


 珍しく、困った顔の斎原が腕組みで立っていた。

「ああ、君衣くん。これ見て」

 図書館の扉を少し開ける。


「うわ、何だこれ?」

 かがみ込んだ僕の背中に両肘をついて、才原も中を覗き込む。

「黄色い、あれみたいじゃない? 缶バッヂになってる」

 確かに、そんなのも見た事がある。

「そうだねぇ、でも昔のゲームキャラみたいでもあるんだよ、未散ちゃん」

 気取った口調で、埜地が前髪をかき上げる。

 これは花輪くんか。サザエさんの次はちびまる子ちゃんだ。まあ、昨日は日曜日だったし。でも、みんな影響受けすぎかもしれない。

「そうか。迷路のなかでパクパクとエサを食べるあのゲームだよね」


「やはりゲームの攻略本から出てきたんでしょうか……」

 月沼さんが半信半疑の表情で言った。


 それは半透明な巨大な球体だった。大きさは人の背丈ほどだろう。

 球体の上の方には二つの黒い点が並んでいて、その下には大きな切り欠きがある。

 簡単に言えば、横から見た人の顔を簡略化したみたいだった。


 ゆっくりと回転しては停まり、回転しては停まりを繰り返している。

「一体、あれは何をしているんだろうね、かがり」

 ちょっと、才原。重い。体重をかけるな。


「とにかく、こうやって見ていても埒はあきませんので、さっそく調査を開始します。では埜地委員、行きなさい」

 斎原が命令を下す。

「ええーっ。ぼくからなのかい、ベイビー」

「うるさい。さっさと行け。それとも本の修理の方がいいの?」

「もちろん行きますともっ!」


「や、やあ」

 部屋に入った埜地は、その球体に向かい、恐る恐る右手をあげた。

「元気そうでなによりだよぅ」


 球体の二つの点が埜地を見つけた。

 ぎこちなく転がって、埜地に近付いてくる。

「埜地さん、危ない!」

 月沼さんが声をあげた。


「うわーっ」

 埜地を一口で呑み込んだ球体はその場で勢いよく回転し始めた。

 僕たちは扉を開けて救助に行こうとした。その次の瞬間。


 球体が再び大きな口をあけて、埜地をはき出した。

 回転の勢いのまま、埜地は出口に、つまり僕たちに向かって吹っ飛んできたのだ。


「きゃーーっ」

 たぶん、扉を閉めたのは月沼さんだったと思う。

 扉の向こう側に、激しくぶつかる音がした。

 そのまま、ズルズルと下に落ちていく気配がある。


「すごい。ありがとう、月沼先輩」

 才原が月沼さんの手をとって安堵の表情を浮かべている。

 おい、ちょっと待て。


 そーっ、と扉を開けてみる。

 やはり埜地が突っ伏していた。

「おい、しっかりしろ」

 斎原と両手をつかんで引きずり出す。

「ひ、ひどいです。……」

 埜地は一言呻いて気を失った。

 文妖はいつの間にか姿を消していた。


 ☆


「やはり、これだったね」

 斎原は白い装丁の絵本を手に取った。

 タイトルは、『ぼくを探しに』(シルヴァスタイン著)

「はあ、ビッグオーだったんですね、あの文妖」

 月沼さんが納得したように頷いた。


「なんだ、ぼくを探しにきた訳じゃなかったんだね、残念だよベイビー」

 埜地がまた前髪をかきあげた。

「なに言ってるの。埜地くんを探しに来たんだよ、この本は」

 斎原は、にやりと笑った。


「ほら、こんなに傷んでるでしょ。丁寧な修理、よろしくね」



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