第33話 其を食する者

 僕の個人的な意見だが、彼女たちを料理上手な順に並べるとこうなる。


  第一位 折木戸しずく

  第二位 斎原美雪

  第三位 藤乃由依

  才原未散、該当せず。


 才原は、料理とは食べるものであって作るものではないと、本気で心から思っているらしいので問題外とする。


 藤乃さんはコーヒーを淹れるのは上手だが、以前目玉焼きと言いながら、スクランブルエッグ(しかも卵の殻入りクリスピー)を食べさせられた事がある。元々、怪我の影響で小食なせいだろう。食事にはあまり関心が無いらしい。基本的に少量で高カロリーしか頭にないようだ。


 斎原と折木戸の違いは何だろうと考えると、結局誰のために作っているか、に行き着くのだと思う。

 斎原は一人暮らしみたいなものだから、当然自分のためだけに作る。一方折木戸は父親と弟の分まで作っているのだ。その辺が細かな出来の違いになるんじゃないだろうか。


「ほう、珍しくがっちゃんがわたしの事を褒めてくれているではないか」

 だから僕の心を読むな、折木戸。


 ただ、こいつの料理の先生はうちの母親のあやさんなので、味付けがうちの料理に似ているのはご愛敬だが。


 ☆


 最近になって文妖の出現回数が増えていた。

 僕たちは対策を考えるため、斎原の自宅の部屋に集まった。断っておくと、部屋といっても完全に一戸建ての住宅である。斎原家の大邸宅の敷地の片隅にぽつんと建っているので『離れ』だとも言えるが、普通の感覚では別荘というのが近い。


 なぜ斎原の家なのかといえば。

 なんとなくだが、僕たち図書委員自身が文妖発生の原因になっている疑いがあるので、今回は場所を変えて集まろうという事になったのだ。成り行き上、委員長である斎原の家になったのは当然だった。


「うわ、すごい」

 藤乃さんが、玄関から続く廊下の壁沿いに積み上げられた本を見上げ、口をあけた。

「才原さん、もっと静かに歩いて。それに下手に触ったら崩れるから気をつけてね」

 才原未散は唇を尖らせた。

「ああ、こら折木戸さん。そこ昇ろうとしないでっ!」

 ボルダリング用の壁じゃないんだから。


「もしこれを崩したら、君衣くんみたいに責任とって片付けてもらいますからね」

 威張っていう斎原。でも前回のは僕は関係ないのだが。


「これじゃ、下の本が読めないじゃない。あんたも相当、がさつだよね」

 才原が嫌みっぽく言う。

「いいのよ。全部、内容は憶えてるし」

 さらっと信じられない事を言う斎原だった。

 でも、だったら書庫にでもしまっておけばいいのに。


「では、これから図書委員会を始めます」

 斎原が宣言する。

「あれ、そういえば月沼先輩は?」

「生徒会の仕事があるから、今回は欠席だって」

 そうなんですか、藤乃さんは頷いた。


 もう一人、埜地もいない。

 だがその理由は誰もが知っていた。この敷地内に入った途端に警報が鳴り響き、駆けつけた武装警備員によって強制的に退去させられていたのだ。

「そうか、セキュリティ登録してなかったからね。まあいいや。じゃ、行くよ」

 それを見送ると、何事もなかった様に斎原は歩き始めた。

「何ですか、今の人たち。軍人さんですか」

 小声で藤乃さんが僕に問いかける。


 あれは、『斎原家特殊部隊』といわれる人たちだ。

 でも、果たして合法な組織なのかは、知らない。


 ☆


「ではその間、わたしは軽食の準備をしよう」

 折木戸はそう言って立ち上がった。

「ありがとう、折木戸さん。でも何も買ってないんだ」

 折木戸は台所のストッカーを開け、次に冷蔵庫を覗き込む。

「本当だな、何もない」


 だが、ネギの切れっ端と玉子が何個か残っていた。

「冷凍庫のご飯も使っていいか」

 どうやら炒飯を作るらしい。

「こんなふうに冷蔵庫に何もなくてもできるからな」

「何もないって、何度も言わないで」


「ちょっと五人前には少ないが、おやつ代わりにならいいだろう」

 そう言って折木戸はフライパンを火にかけた。


 ごま油をひき、軽くネギを炒める。

「ああ、これだけでいい香り」

 対策会議もそこそこに、皆が台所に集まってきた。

 

 そこへ解凍したごはんを投入。フライパン全体に拡げる。

「フライパンが小っちゃかったね」

 斎原が心配そうに覗き込む。

「ああ、大丈夫だ。わたしのやり方なら、失敗せずにパラパラ炒飯ができるから」

 自信たっぷりに、折木戸はその中へ玉子を割り入れた。二つ、三つ。

 そして、箸で掻き回す。


「なんだか玉子かけご飯みたいになりましたけど」

 藤乃さんが小声で言う。たしかに炒飯とはほど遠い代物が出来そうな気がする。これはさすがに失敗じゃないのか。

「大抵の料理本とかテレビの料理コーナーでは、最初に玉子を炒めてるよね」

 斎原も口許を押さえている。

「もちろん、このまま醤油をかけて食べてもいいぞ」

 折木戸はなぜか、ただ一人余裕をみせている。


「ちょっと時間がかかるけどな。大人数分を作るのは、これが確実なんだ」

 そう言うと折木戸は箸をしゃもじに持ち替えて、その玉子かけごはんをかき混ぜている。

 次第に玉子の表面が固まり始めた。それをほぐしつつ、更に炒めていく。

「そろそろいい具合かな」

 折木戸はフライパンを手首であおった。

 だんだんと炒飯に近付いたものが半分ほどひっくり返る。それをしゃもじでほぐしながら更にあおって炒めて、を繰り返す。


「おおー」

 斎原と藤乃さんが揃って声をあげた。

 米粒全体に玉子の黄身をまとった、黄金色のチャーハンが出来上がった。

 味付けは少しのうまみ調味料と塩だけ。


「これ、香りがいい!」

 それまで興味なげにしていた才原が目を細める。

「なんだか、カステラみたいな、いい匂いです」

 藤乃さんも感心している。

「しかも、本当にパラパラになってるし」


 フライパンをテーブルの真ん中に置き、僕たちは小皿を手にとった。

「いただきます!」

 

 ところで、と僕は気付いた。

「文妖対策はどうなったんだっけ」

 斎原は、藤乃さんが淹れたコーヒーを飲みながら、ああ、と言った。

「それは明日にしましょう。明日はちゃんと買い物をしておくから」

 ね,折木戸さん。


 図書委員会が、ただの食事会になろうとしていた。

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