第34話 斎原美雪は決意する
最近、斎原の表情が冴えないような気がする。
思い詰めたような目付きで、時折、深いため息をついている。正直に言えば、こんな憂いを帯びた斎原も悪くないのだが、それでもちょっと心配だ。
直接訊くとセクハラ野郎扱いされそうなので、こっそりと折木戸に相談してみた。
「この前からよく女子会を開いてるじゃないか。その時に何かあったんじゃないかと思ってな。どうせお前たちの事だから、ずいぶん失礼な事をしてるんだろうし」
そのオリジナルメンバーは斎原のほかに折木戸と藤乃さんだが、最近では才原まで加わっているらしい。そんな恐ろしいところに、僕は絶対に近寄りたくないけれど。
「うむ。いちばん失礼なのは、がっちゃんだと思うが」
折木戸は首をかしげた。
「特に変わった事は起きていないぞ。いや待て。そう云えばこの前……」
そこで折木戸は口をつぐむ。
「ああ、そうだ。あれは哀しい事件だった」
小声で呟くように言った。
ほらみろ、やはり何かしでかしたんじゃないかっ。
僕は身をのりだした。自然と折木戸と顔が近付く。
折木戸がなぜか目をまん丸にした。
「え、…まさか、こんな教室の中でか、がっちゃん」
でも、いいぞ。がっちゃんが望むなら。
そう言うと折木戸は頬を染め、目を閉じた。ちょん、と唇を突き出す。
「違うわっ、誰がキスしたいと言った!」
「なんだ、がっちゃん。乙女に恥をかかせる気か」
口を尖らせたまま、折木戸は文句をいう。
(…君依くん最低)(ひどいよね、折木戸さんが可哀想…)
教室のあちこちで、そんなざわめきが聞こえる。
これでまた僕の評判が落ちてしまった。
この場に斎原が居ない事だけが救いだ。
斎原の心配をしているのに、その本人から説教される羽目になる所だった。
「だから、斎原が落ち込むような事が無かったか訊いているんだ。心当たりがあるなら素直に話せ」
「おお、そうだったな。急にがっちゃんがキスを迫ってくるから、思わず忘れてしまったじゃないか」
僕のせいか。
「お前が変な誤解をするからだ、折木戸」
しっ、そう言うと折木戸は人差し指で僕の唇をおさえた。
「?」
折木戸はその指をそっと自分の口に咥え、にこっと笑った。
「今日はこれで勘弁してやるぞ、がっちゃん」
僕は少し動揺した。…、意外とかわいい。
「そうだ、斎原だったな。うん、あれは哀しい事件だった」
そこまでは、さっき聞いた。
「女子会が終わって店を出たときにな、折からの強風で斎原のスカートが……」
おい折木戸。僕はそんな話を聞きたいんじゃない。
「いやぁ、斎原はあんなパンツを穿いているのだな、とみんな驚いていたぞ。さっそくわたしも参考にしているからな。……あれ、がっちゃんが聞きたいのは、こんな話ではなかったのか。おお、これは済まなかった」
何をいう折木戸。
「その話、もう少し詳しく聞きたいんだが」
だって、何が今の斎原に影響しているか分らないのだ。
「そのための情報は少しでも多い方がいいじゃないか。なあ、そうだろう」
はあ、そういうものか。折木戸は不思議そうに頷いた。
「では、本人に直接きいてみるのだな」
折木戸は僕の背後に目をやった。
僕は、ぎこちなく振り向いた。
「なんのお話かな、君依くん」
いつからそこに居た、斎原。
「ちょうど良かった。がっちゃんが斎原のパンツに興味があるからと、こうやって尋問されていたのだ。だから、ちょっと見せてやってくれないだろうか」
ああ、無論わたしも立ち会わせてもらうぞ。参考にしたいからな。
斎原の頬がピクピクと動いた。目が、怖い。
……ああ、何だかこの頃、斎原に説教されるのが
いや、だからといって、わざと怒られるような言動をしている訳ではないのだが。
☆
僕が斎原の下着に興味を持った理由を折木戸から聞いたのだろう。生徒会室の斎原は穏やかな表情になっていた。
「そうか、わたしの心配をしてくれたんだ、君依くん。頑張って普通にしてたつもりなのに、やっぱり分っちゃったか……」
斎原は肩をすくめた。
「じゃあ、ついでだからお願いしようかな。君依くん、今晩わたしに付き合ってほしいんだけど、いい?」
何だろう。下着選びだろうか。
「はあ?」
「いえ、まだ何も言ってませんが」
「夜の図書館で?」
僕は変な声をあげていた。
「そう。今夜は新月でしょ。きっと、たくさん文妖が生まれると思うんだ」
斎原の持つ最大の能力は本の声を聞き、文妖が卵のうちに発見して消滅させることだが、実体化した文妖に対しては弱い影響力しか持たなかった。
「斎原は文妖を本に戻す能力もあるんだよな」
「うん。無くはない、という程度だけど」
だから、それには相当の時間がかかる。大量発生した場合には、斎原一人ではどうしようもないのが実態だった。
「その能力を強化したいんだ。お願い、君依くん。協力して」
斎原は真剣な表情で僕を見つめた。
夜の図書館で二人きりの特訓。でも、断れそうな状況では、到底なかった。
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