第36話 君の遺伝子をください

「だけど斎原。遺伝子を…って云っても」

 どこかのポケットから『かがりDNA~!』とか言って出せればいいのだが。生憎、そんな便利なポケットは持っていない。


「それに何で僕の遺伝子なんだ。誰か他人のじゃいけないのか」

「君依くんじゃ無いとだめなの!」

 ここだけすごく勢い込んで、斎原は僕に向かって踏み込んできた。その圧に押されて僕は一歩退がった。


「うちの特殊機関で研究したんだよ。そうしたら、君依くんの家系の遺伝子は図書寮の人間に強い影響を与えるんだ」

 ああ、母さんの妹のゆうさん、つまり斎原のお母さんを実験台にしたのかな。


「だからね、君依くん。わたしがこんなに君依くんの事が好きなのは、この遺伝子のせいなんだよ」

 いま、さらっと何か、気になる事を言わなかったか。


「つまり、わたし自身が君依くんを好きな訳じゃなく、ただ単に遺伝子が惹かれあってただけなんだ。つまり錯覚ということだね」


 ☆


「じゃあ、早速だけど。出して、君依くんの遺伝子。後ろ向いててあげるから」

 どうも斎原って、ヒトの遺伝子は男の下半身にしかないと思っているらしい。


 僕は折木戸の顔を思い出した。

「斎原、ちょっと手を貸してくれ」

 僕は斎原の右手をとって引き寄せた。

「あ、なに。嘘でしょ、やめて、そ、そんなモノを触らせる気なの?!」


 抵抗する斎原の人差し指を僕は咥えた。

「ひ、ひーっ、ひーっ」

 斎原は声にならない悲鳴をあげた。腕に鳥肌がたっているのが分った。

「これだよ」

「え、どういう事よ、このヘンタイ」

 濡れた指先を僕のシャツで拭いながら斎原は涙目になっている。


「唾液にも僕の遺伝子情報は含まれているって事だ」

 つまり折木戸のよくやる間接キスだ。

「あ、そうなんだ。知らなかった」


 ☆


「君依くんちの遺伝子の有る無しで、能力の発現具合が三倍近く違うらしいの」

 ほう、赤い色の遺伝子なんだろうか。

 斎原はぼくの指をしゃぶりながら、首をかしげた。

「でも本当なのかな、全然実感がないんだけど」


 もう一度、斎原は書架の本をとった。やはり文妖の炎が揺らめいている。すぐにそれは斎原の全身に拡がっていったが、さっきと比べ、明らかに早く炎が収束していった。

「すごい、1分かかってない。早くなってるぞ、斎原」


 だが、そこまでだった。

 次の本を処理するのには、また約3分かかっている。

「元に戻ったな」

 斎原は大きく息をつき、頷いた。

「きっと、遺伝子の量が少ないんだ。もっといっぱい無いと駄目かもしれない」


 相当に辛いはずなのに、本を胸に何とか意識を集中しようとしている斎原の背中を見ていると、愛おしさが込み上げてきた。

 こいつはいつも、こうやって一生懸命なんだ。

 そんな斎原が僕は……。


 僕はその小さな背中から、そっと手を回して彼女を抱きしめた。

「えっ?」

 斎原が驚いて身体を固くした。

 その次の瞬間、斎原の手にしていた本の炎が、風に吹かれたように消えた。


「もう、急にくっつかないで。びっくりしたよ」

 斎原は僕を睨むと、手にした本をめくってみている。あまり一気に文妖を処理すると本が破損する事があるのだ。そうなると、また余計な手間がかかることになる。

「あれ。大丈夫だ。どこも傷んでない」


 ちょっともう一回、いい?

 斎原は別の本を手にした。僕は後ろから斎原の身体に手を回す。

 炎が嘘のように、みるみる小さくなっていく。

「……、消えたね」

「消えたな」


「おい、斎原」

「うん」


 これ、遺伝子は関係無くないか?


 ☆


「きっと、君依くんと接触することで、わたしの中の遺伝子が活性化するんだよ」

 理由としては少し苦しい気もするが。

「だけど、四六時中こうやって、くっついて作業する訳にもいかないからね」

 それはそうだ。

 斎原はうーん、と首をひねった。

「もっと効率的な方法があると思うんだけどな……」


「僕の体液をカプセルにしておいて、必要な時に斎原が飲むというのはどうだろう」

「そんなサプリメントは要りません。どうせ君依くんの事だから、そのなかにおしっことか、三日くらい前の汗とか入れる気なんでしょ」

 斎原は僕の事を、どこまで変態だと思っているんだろう。


 やはり、アレしかないか。斎原は僕の下半身に目をやった。

「この方法なら、10ヶ月くらいは効果が持続すると思うし」

 赤ちゃんが生まれるまで、って何を言っているんだ、斎原。


「落ち着け、斎原。そうなったら僕は退学だよ」

「心配しないで。ちゃんと斎原家で雇ってあげるから」

 どうやら結婚相手ですらないみたいだった。



「最後にひとつ、試してみたいんだけど」

 斎原は耳まで真っ赤にして僕に提案した。

「さっきのは、指を経由したから効果が少なかったと思うんだ。その、…直接、口に…その、唾液を入れたら、どうかな、って」

 なるほど。

 だけど、赤ちゃんを作ろうと言った時より照れているのはなぜだ。


「だって、そんな…。恋人みたいじゃない。キスなんて」

 どうも斎原の恥ずかしがるポイントと、僕に対するスタンスが分らない。

 それに僕には藤乃さんという、ちゃんとした彼女がいるのだが。


「いいんだよ。これは別に君依くんが好きだからとか、そうじゃないんだから。あくまでも、遺伝子のせいなんだから。うん、仕方ないよ。だって、遺伝子だもの」

 まあ斎原がそう言うなら、藤乃さんも許してくれそうな気がする。



 色々試してみた結果、その効果は最大一時間程度まで持続する事がわかった。

 

 

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