第37話 義理の母を得る方法

 夜遅くなって部屋に帰ると、折木戸が僕のベッドで眠っていた。

 頭のつむじを押して起こす。

「やめてくれ、がっちゃん。そこを押すと便秘になるというではないか」

 寝ぼけた声で折木戸が呻いた。

 あれ、そうか? 頭のてっぺんにはそんなツボがあったかな。


「まいったな。そんなに斎原の匂いをさせているがっちゃんに、わたしはどう接すればいいのだろうな」

 くんくんと僕の匂いをかいで、折木戸は大きくあくびをした。

 そして四つん這いのまま、まるでネコのようにお尻を高くかかげて伸びをする。

「にゃう。これではわたしの匂いを付けるしかないな」

 布団をめくってみると、やはり下着姿だった。


「才原はどうしたんだ」

 念のために訊いてみる。

「ああ、才原はもう満足しきって、死んだように寝ているぞ」

 いや、ならこれ以上訊くことは無いんだけれど。

 そういえば隣の部屋から、才原のいびきが聞こえている。

 本当に、何をやっているんだ、お前らは。


「どうやら斎原は、最強の武器を手に入れたようだな」

 折木戸は僕を上から下まで眺めて言った。

「なんの事だ、折木戸」

 折木戸は答えず、ベッドの上を転げ回った。

「匂い付けをやめろ」


「なあ、知っているか、がっちゃん」

 隣に潜り込んだ僕に折木戸は抱きついてきた。

「わたしも嫉妬するんだぞ」

 ……折木戸。


「このままでは、あのあやさんを義母おかあさんと呼べなくなるではないか」

 そうか。お前の心配は、僕が誰かに取られる事ではないんだな。


「あ、ああああああああ!!」

 突然、折木戸が大声をあげた。

「そうだ、そうだぞ、がっちゃん。もう一つの可能性があるではないか。なんで今まで気付かなかったのだろう」

 聞きたくはないが、なんだ。

「わたしのパパが、がっちゃんのお母さんと結婚すればいいのだ!」


 まあ理論的には、そうだけれど。

「だが色々と問題があるぞ、折木戸」

 その第一は。

「僕の親父はどうするんだ」

 今でこそ単身赴任しているが、健在だぞ。夫婦仲も良好だと聞いているし。

 その第二。

「お前と僕は本当の義兄妹になってしまうぞ。ネタではなく」


「第二の方はつまり現状維持ではないか。NO問題ではないか」

 ああ、でも第一の問題がなぁ。しばらく折木戸は考え込んでいた。

 ぽん、と手を打った。

「よし、それなら、がっちゃんのお父さんは、わたしがもらってやろう」

 これで問題ないだろう、胸を張る折木戸。


「いや、問題ないどころか、なんだか逆に問題が増えてしまった気がするぞ」

 無いのはお前の胸だけだ。


 ☆


「なんだか女くさいですね」

 折木戸ではなく、藤乃さんに言われた。

 次の日の朝だ。


「わたしの相手をしてくれないと思ったら、一体何をやっているんですか、君は」

 口をとがらす藤乃さん。

 やはり、一番可愛いのは藤乃さんだな。僕は再認識した。


「気持ち悪いです。なにを、にやけているんですか」

「はい。日常茶飯事とはいえ、反省しています」

「嘘ばっかり。では、放課後の図書館、楽しみにしてますから」

 寄贈された本の処理がまだたくさん残っているのだ。

 藤乃さんは、ほんわかと笑った。



 だが、それは昼休みに起こった。

「図書委員の斎原さん、君依さん。至急、図書本館まで! 繰り返します、……」

 僕のクラスにざわめきが起こった。


 僕は一番前の席に目をやった。

 だが、そこに藤乃さんのちいさな姿はなかった。







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