第14話 欠席裁判、いえ女子会を開催します

 藤乃さんの席の前に斎原が立ったのは、放課後の事だった。


 教室の中でそれに注目するものはいなかった。何故ならこの二人、クラスでも特に仲良しで通っているからだ。

 それと云うのも、折木戸を介して僕からセクハラ行為を受けている藤乃さんを、いつも斎原が保護している、という風にクラスメイトは受け取っているらしい。


 でも、斎原の表情は親友に対するものとは大違いだった。


「これは面白そうだ、わたしも行ってみよう」

「お、お前はまずいんじゃないか」

 よせばいいのに折木戸が駆け寄っていった。僕は背中に冷汗が流れるのが分った。


 でも意外と和やかに、話が弾んでいるように見える。

 折木戸が僕に向かって手をあげた。


「おーい、がっちゃん。わたしたちはこれから女子会をしようと思うのだが、一緒に来ないか?」


 絶対、行かない。


 ☆


「えー、全部しゃべっちゃったんですか、君衣くん」

 これはちょっと恥ずかしいです、と頬を押さえながら、どこか嬉しそうな藤乃。

 ファミレスの一角でわたしたち三人は話し込んでいるところだった。

 一方の斎原は苦虫を噛み潰した上に、それが奥歯の間に挟まって取れなくなった時の表情と言っていいだろう。


 わたしは逸る好奇心を押し殺し、二人の表情を見比べた。

 ここで、なぜお前が語りを努めているのだ、という声が聞こえてきたので説明しておこう。実は、わたしはがっちゃんとは義理の双子の妹だから、この物語の中では何でもありなのだ。要するにがっちゃんとは一心同体と云う事だ。


「でも、美雪のおかげで君衣くんと仲良くなれたんだから。感謝しています」

 まったく裏のない表情で藤乃が言う。わたしが最初に思ったとおり藤乃は良いやつだ。でも、こんなに怖い物知らずだとは思わなかった。


「そ、そう。あんな、君衣くんみたいな奴のどこが良いのか私には分らないけど。藤乃さんがいいなら、わ、私は別に、あ、あんな君衣くんなんて。ねえ、折木戸さん」

 そう言うと斎原はがぶっ、とコーヒーを呷る。


 だから、わたしに同意を求めて来るな。


「まあ良いではないか。がっちゃんも、何もしなかったというのだから」


 斎原はミルクと砂糖を大量に投入したコーヒ-。藤乃はなんだかよく分らない小っちゃいデザート。わたしはダブルのハンバーグセットを食べながらの女子会だ。もちろん料金は個人持ちなので罪悪感はないが、ひとり浮いている感は否めない。


「そうだね。これでもし一線を越えていたら、生徒会長代理として黙っていられない所だったよ」

 ぎらり、と藤乃を睨む。

「あ、あはは。そうだよね、う、うん。それは大丈夫だったよ。かれは紳士だもの」

 藤乃のうろたえ方が酷いな。しかし今更、そんな事を斎原が気にしているとは思わなかった。

「え、どういうこと。折木戸さん」


 どういう事って。


「わたしと、がっちゃんは中三の時に経験済みなのでな」

「「はあっ?!」」


 あれ。思ったより激烈な反応を引き起してしまったが。

「おい、おりきど……貴様、そこに直れ」

 これは斎原だ。これはがっちゃんに対する反応と同じだと云う事を後で知った。

 いや、でもそれどころではないぞ。


「しっかりしろ、藤乃!」


 これが、がっちゃんから聞いた藤乃の仮死状態か。

 完全に呼吸も止まっている。これは人工呼吸をするしかないな。いや、人”口”呼吸を。わたしは頬が緩むのを感じた。


「では失礼するぞ、藤乃」

 ぺろり、と舌なめずりする。


 ☆


 そろそろ日付が変わる。

「ああ、疲れた」

 僕は宿題と入浴を終え、ベッドに倒れ込んだ。


「きゃん!」

 ベッドの中で悲鳴が聞こえた。僕は布団をはね除けた。やはりこいつだ。一体、いつの間に。

「やあ、がっちゃん。待ちかねたぞ」

 下着姿の折木戸が布団に潜り込んでいたのだ。


「お前、何だよその格好は!」

 折木戸は自分の姿を見おろして、照れた様に笑う。

「ああ、がっちゃんの部屋を訪ねるのに、この格好は無かったな。失礼の段、容赦してくれ。だって、今日は、その。少し寒かったから……」


 普段は全裸で来てるみたいな事を言うなっ!


「いやいや、がっちゃんのベッドを暖めようとした、という意味だぞ、もちろん」

 ごろごろとシーツの上を転がっている。


「うむぅ。で、藤吉郎サル、こんな夜更けに何の用だ」

 折木戸はうつ伏せで肘をたてた。残念ながらこいつの場合、少しも胸の谷間というものが出来ない。

「なぜか、視線にガッカリ感が含まれているようだが。教えてやらないぞ、今日の女子会の内容を」


「どうだ、聞きたいか」

 そこは、応、と答えざるをえない。

「そうか。では……、まずわたしの足腰をマッサージして貰おうか。食後に走り過ぎて脚がぱんぱんなのだ」

「なんだ。今日もトレーニングだったのか」


「いや、そうじゃない」

 折木戸はくいっ、とお尻を振った。早く揉め、との催促だ。

「斎原から全力で逃げ出したからに決まっているだろう」


 折木戸の太ももを揉んでいた僕の手が止まった。

「おい。折木戸」


 お前、何をやらかしたっ!





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る