第30話 才原家からの使者
僕の家は代々この東雲町で古書店を営んでいる。
『
「あれ。うちの車だ」
一緒に帰っていた才原が声をあげた。
どうやら才原家の関係者らしい。
店に入ってみると、漆黒のスーツに
「ああ。
母親とその執事風の男が揃って振り向いた。
「頼んだ物、持って来てくれたのね」
「はい。こちらの奥様にお渡ししてございます」
その男は、僕がかつて見た事がないくらい完璧な仕草でお辞儀した。実際にこんな人種が存在しているのだと、初めて知った。
☆
届けられたものは、普通の段ボール箱だった。
元の僕の部屋だが、今は才原が使っている部屋でそれを開けた。
一番上に置かれたファイルを手にした才原は、それをめくって目を通した後、僕に差し出した。
「何、これ」
「この前の東雲西ヶ丘高校での文妖発生の経緯をまとめた報告書なの。参考になればと思って取り寄せたんだ」
なぜか、才原の顔色が悪い気がする。
「今、読んだ方がいいのか」
才原は首を横に振った。あとで一人で読んで。そう言った。
ところで、それより気になるのが。
すごく重いと思ったら、一緒にコミックが詰め込まれていた。
『寝台を支配する執事』
そのタイトルだった。
どこかで聞いたことがある。
「うわーっ、見るな!」
才原は慌てて箱の上に覆い被さった。
「こ、これは違うんだから。わ、私のじゃなくて、その……」
「なあ、才原。これって第3巻が凄く良いっていう噂だが」
え? 才原は信じられない物を見る目で僕を見た。
「何で知ってるの。まさか愛読者なの?」
「でも65巻の方がもっと良いとか、13巻は何だったっけ。限界に挑戦しているとかなんとかじゃなかったか」
「な、なによそれ。やだ、私まだ61巻までしか持ってない。嘘でしょ、3巻や13巻を越えているの、65巻って?!」
ぐわーっ、と才原は頭を抱えて吼えた。
「しまった。恥ずかしがっている場合じゃなかった。乙女買いなんてせずに、大人買いすれば良かった!」
乙女買いなんて初めて聞いた。ややいかがわしい響きもあるが。
「なんだ、今からでも買いに行けばいいだろ」
そう言うと、凄い目で睨まれた。
「絶版なの。ゼ、ッ、パ、ン。もうどこにも無いの」
おや、そうなのか。
「おい、かがり」
才原の目が怖い。急に狂気を帯びてきた。
「この店には置いてないの? 『寝台を支配する執事』シリーズ」
「置いてないな。それ系の専門店なら別だが」
それから何て言ってただろう。
「ああ、『浴場に欲情する執事』シリーズはそれを凌駕するそうだな」
「そこまで知っていたの? 私が読みたいと欲して止まない新シリーズを」
「で、それは?」
「やはり、絶版。マニアの間では噂だけが一人歩きしているんだから。実際に読んだ人はほとんどいないらしいんだ」
僕は部屋を出て、こっそり藤乃さんに電話してみた。
『ええ、もちろん全巻ありますよ。……なんだ、やっぱり君ってこういうのが好きなんじゃないですか。よかった。どうです、これから一晩中、BL談義しましょうか』
それはぜひ、お断りしたい。
「なあ、才原。僕は予言してやろう」
「なによ」
才原は僕を胡散臭そうに見た。
「お前は明日から、藤乃さんの事を師匠と呼ぶことになるだろう」
☆
報告書の内容は衝撃的なものだった。
文妖を完全に消滅させる困難さもだが、そもそもの発生原因が。
「才原、だったのか」
西ヶ丘学園は高等部と中等部が同じ敷地内にあるため、生徒の行き来は比較的容易だった。当時中学生だった才原は、高等部の図書館に出現した文妖の調査を行っていた。そして、夜の図書館に一人でいた所を男女数人に襲われたのだ。
男子生徒は彼女に振られた恨みから、そして女子は嫉みによるものらしい。とにかく、高校の男子生徒3人、中学の女子生徒2人が共謀して、図書館で才原を待ち伏せしていたのだ。
僕はファイルを返しに行った。
「……読んだ? なによ、その顔は」
いつもは自信たっぷりな才原だが、いまは不安げに目を逸らした。
「もう、かがりったら。……大丈夫だよ。それは、あとちょっとでパンツ脱がされそうになったけど」
そう言って才原はかすかに笑った。
「あの時はさすがに泣いたよ。どんなに頼んでも、だれも助けてくれないし。……殴られて、床に押し倒されてさ。ああ、もう駄目だって思った時、気付いたんだ」
ここは図書館なんだ、って。
☆
こいつらみんな死んじゃえ。才原は願った。
そうして、彼女の強い思念は文妖を大量に孵化させてしまったのだ。
文妖の大発生に巻き込まれたその5人の生徒は一瞬で精神を破壊され、回復の見込みは限りなく少ないらしい。
「あいつら、涙も鼻みずも、下の方も垂れ流してさ。這いずりながら泣きわめいてるの。それは酷い光景だったよ」
才原は両手で身体を抱き、ぶるっと震えた。
「でもね。部屋中に半実体化した文妖が満ちていて、すごく綺麗だった」
そう言うと、才原は目を閉じた。
「もう一度、あれを見たい。時々、そう思うんだ。もちろん、いけない事だとは分っているけどね……」
しばらくして才原は顔をあげた。それは、怖いほどに無表情だった。
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