第29話 図書館に迫る危機

「ああ、もう面倒くさい!」

 才原は立ち上がると書架に歩み寄り、一冊の本に手を掛けた。

 強い光が、才原の手の中で生まれた。まずいぞ。こいつ、文妖の卵を一気に排除するつもりだ。


「やめろ、才原!」

 慌てて僕が止めなければ、この図書館は文妖の大発生を凌駕する惨事に見舞われた事だろう。それでも数冊の本が書架のなかではじけ飛び、ばらばらになって床に落ちた。

 室内にため息が聞こえた。


「才原さん。ちゃんと、修理しなさいよ。あなたの責任で」

 斎原美雪に冷たい声で叱責され、才原未散は唇をへの字に曲げた。

 今日、僕たち図書委員は、本に潜んだ文妖の卵を一個一個探し出しては処理しているのだ。


 自然光にしばらく晒すか、斎原が持っているような特殊な波長の光を出すペンライトを使えば比較的穏やかに文妖の卵は消滅する。

 だが、強引に卵を焼灼しようとしたり、いつかの折木戸のように孵化した文妖を強制的に追い散らしたりすると、宿主である本にも多大な被害を与えることになる。

 したがって、この場に折木戸は呼ばれていなかった。


「私には向かないのよ、こんな地味な仕事なんて」

 才原はポーズを決めて、髪をかきあげる。

「だって、お嬢様なのよ。この私は。ねえ、美雪。それ分ってるでしょ?」


 斎原は彼女の前に立った。

 才原とは、ほとんど頭ひとつ身長が違う。だが、迫力は段違いだ。

「はあ? ここは図書館で、そしてわたしは図書委員長です。わたしの命令は絶対なんですよ。それ、分ってる、才原さん?」

 ぐい、と身体を押しつける。

「あ、あの。足、踏んでる。い…いたいです、委員長」



「だけど、未散ちゃんは本を直すのが下手よねぇ。見てられないわ」

 埜地が困り切った顔で目をそむけた。確かに、不器用で見るに堪えない。


 才原って一見クールそうに見えるが、実際はそうでもないのだ。

 字は汚いし、勉強もできる方ではない。特に漢字が駄目らしいし、何と言っても性格が悪い。気が短いし、口も悪い。

 ただ、そのスタイルの良さと美貌、そして圧倒的な押しの強さで、クラスではすでに女王様的な地位を確立しているのだ。


「うるさい、のぢ太。その口を接着剤で塞いでやろうか」

「怖ーい。助けて、ドラ〇もん」

 才原に脅された埜地は、斎原に訴える。


 いや、確かに斎原は背が低くて少しぽっちゃりだけど……。

 怖い物知らずな奴だ。


 結局、才原と埜地は斎原の前で正座し、説教されている。

「全然、作業が進みませんね」

 月沼さんが苦笑いを浮かべていた。

 これって、明らかに図書委員の人選を誤っているだろう。


 ☆


 深夜、音もなく部屋の窓を開けて誰かが僕のベッドに入り込んできた。

 ネコのような身のこなし。間違いなく折木戸だ。

 この部屋は二階なのだが、一階のひさしが隣の折木戸の家の屋根と繋がっているので、こうやって屋根伝いに行き来できるのだ。


「なあ、がっちゃん。大事な話があるんだ」

 僕の背中にぴったりと身体を押しつけ、折木戸は真剣な声で言った。どうやら服は着ているらしい。

「なんだ、折木戸」

 首筋に息がかかってくすぐったい。


 う、うん。と、折木戸は珍しく口ごもった。

「……本当に、がっちゃんは女より男の方が好きなのか?」

 藤乃さん、折木戸に変な事を吹き込むなっ。


「まあ、それは冗談なのだが」

 ところで、と折木戸は後ろから回した手に力を込めた。

「最近、図書館の近くを通ると、おかしな空気を感じるのだ。何というか……どす黒い、瘴気のようなものを。がっちゃんは中にいて何も感じないか」


 ああ。それは多分、斎原のストレスが原因のような気がするのだけれど。



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