第22話 斎原、図書委員を招集する ②

「あらぁ。どうしたの、二人揃って。あたしに何か用かしら」

 くねくね、とアスパラみたいに細い身体をくねらせて、そいつは言った。

 埜地祐介のぢゆうすけ、斎原が選んだ図書委員候補。そして、信じられないことに斎原の元カレだそうだ。僕は絶対に認めないが。


 横から折木戸が僕を突っついた。

「早く終わらせて帰ろう、がっちゃん」

 やはり折木戸は、こいつが苦手なようだ。ただ、僕は最初にちょっと確認しておきたい事があった。

「埜地、お前そんなしゃべり方だったか?」


「いやだわ、君衣くんたら。わたしは前からこうじゃないの。ねえ、しずくちゃん。そうよね ♡」

 さりげなく腕を触られ、折木戸は鳥肌がたっている。


「そうかな。中学の頃はエセ業界人という感じだったし。その前は、ちび〇子ちゃんに出てくる花〇くんみたいだったと記憶しているが」


 折木戸に「今日も元気そうだねぇ、ベイビィ」とか言っていたな。

 まあその辺りが、この、人に対して好き嫌いのない折木戸にさえ忌避されている原因なのだろうけれど。

 とにかく人格が変わり過ぎな気がするのだ。ただ、いずれにせよ『イヤな感じ』という点では共通しているのだけれど。


「ほら、これを見ろ」

 僕は一枚の紙を、埜地の前に突きつけた。

「まあ、何かしら、これは?」

「お前を図書委員に任命するという、斎原の命令書だ」


「げっ、なんで俺を」

 突然口調が変わり、低い声で埜地が呻いた。へらへらした表情も色を失い、ムンクの絵みたいになっている。

 折木戸が、そっと僕の腕に手を添えた。埜地の急激な変貌に驚いているらしい。

「残念だが、こっちが訊きたいくらいだ」


「俺は斎原に嫌われているはずなのに……」

 がっくりと肩を落とす埜地。

「いや、それは心配するな。お前が斎原に嫌われているのは間違いない」

 もし隣の席になるなら、埜地よりゴキブリを選ぶ、とか言っていたし。


「でも、だったら何故、俺は選ばれた? 俺の今までの努力は何だったんだ!」


 ☆


 涙なしには聞けない話だった。

「デートと称して、一日中、本の修理をさせられたんだ。それも毎週」

 小学校3、4年生のころの男子が、ひたすら本の修理をしていたというのだ。

「しかも、変な直し方をしたら、すごく怒るんだぜ、斎原」


 そうだろう。僕も心当たりがある。

 斎原という女は、本に関しては鬼だからな。

 僕は初めて、埜地に共感を覚えた。


 それ以来、埜地は斎原に嫌われるための努力を日々、地道に続けていたというのだった。そのためには、あえて人を傷つけることもしたよ、埜地はニヒルに笑った。


「明らかに、努力の方向が間違っているだろ」

 折木戸が呆れ声を出した。


「で、どうする」

「え、何が」


 何が、じゃない。僕はお前の身の上話を聞きに来たんじゃない。

「図書委員になるか、どうか、だ」


「え、いや、それは……」

 埜地は目に見えて、うろたえはじめた。

「ちょっと考えさせて欲しい、というか。だって、ねえ」


 折木戸が前に出た。

「そうか、断るのだな。じゃあ、そう斎原に伝えておく。斎原みたいな、わがままな巨乳女の言うことなんか聞けるか、と言っていたとな」

 それ、折木戸自身の意見じゃないのか。


「や、やめてよ。そんな事言ってないでしょ。やるよ、図書委員。でも……」

「なんだ、まだ何か条件をつけるつもりか」

「一日中、本の修理をさせられるのだけは、勘弁して欲しいんだけど」

 完全にトラウマになっているらしい。


「分ったよ、伝えておく。でも斎原が聞くかどうかは…、分らないけどな」

 僕はそう言うしかなかった。


 ☆


「さて、次は」

 折木戸はメモを覗き込み、ああ、と言った。

「これは簡単だな。さとちゃんじゃないか」

「誰だっけ、さとちゃんって」

 月沼聡美つきぬまさとみ。あれ、この人、もしかして。


 僕たちは生徒会室にいた。


 生徒会書記の月沼さんが、いつものように出迎えてくれた。

「ご免なさい。斎原生徒会長代理はまだ……」


「え、私をですか」

 月沼さんは、その任命書をじっ、と見詰めていた。

 しばらくの間、何も言わず俯いている。

 あれ、月沼さんならすぐに受けてくれると思ったのに。やはり生徒会書記との兼務は大変だからだろうか。


 月沼さんのメガネの奥で涙が一筋、頬を伝った。

 ぽたり、と手にした任命書に落ちる。

 ぽたり、ぽたり、ぽたぽたぽたぽたぽた。


「ちょっと、大丈夫ですか。月沼さん?」

 さすがに僕と折木戸は不安になった。


 がたっ、と大きな音をたて、月沼さんは椅子から立ち上がった。

 任命書を握りしめた右手を大きく突き上げる。


「わが人生に、悔い無しっ!」

 ひとり絶叫した。


月沼先輩さとちゃん、意外と武闘派だったのだな」

 折木戸がつぶやいた。


 ☆


「ところで、これは誰だ。知っているか、がっちゃん」

 三人目の名前を、折木戸が指差す。

「お前が知らない女子を僕が知っている訳がないだろう」

「ああ、そうだったな」

 あっさり納得されると、それはそれで腹が立つ。


 その名前は、『才原未散』


「さいはら・みさん、かな」

 折木戸、さすがにそんな名前はないだろう。

 でも、さいはら?


「思い出したぞ。・みちる、だ」

 漢字で書いてあるから、ぴんと来なかったが。僕は彼女をよく知っている。


 図書寮一族の本流、才原家の後継者。斎原美雪に匹敵する能力の持ち主だ。


 そして彼女は、斎原の天敵だった。


 でも、才原未散。この学校の生徒ではないはずなのだが。

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