第23話 図書寮からの刺客

 斎原のリストには、さらに二人の名前があった。一人はもちろん僕で、もう一人は折木戸だった。


「藤乃じゃなく、わたしか」

 折木戸が不思議そうな顔をしている。


 だがこれは分らなくも無い。今回招集された図書委員は主に文妖対策のためだ。先日、図書別館で文妖が発生した時に得た教訓と言えるかもしれない。

 あれだけ大発生してしまうと、ひとつずつ本に戻すのは不可能に近いのだ。


「斎原にしても、やむを得ない判断なんだろうな」

 本を犠牲にしても文妖を消滅させたい時、こいつを投入する作戦なのだ。もはや焦土作戦といってもいい。

 その後、文妖を引き剥がされて傷んでしまった本を修理するのは、他でもない僕たち図書委員だから、決して使いたくない最終兵器のようなものだった。


「顧問は深町先生か。これは妥当だな」

 深町ふかまち悦吏子えりこ。年齢20代後半だと自称している。(アラサーというと怒られる)

 現在でも図書委員担当だから、問題ないだろう。


 問題は、才原さいばら未散みちるだ。


 ☆


 才原家は、斎原と同じ図書寮の流れを嗣ぐものだ。しかも家系としては、こちらが本家筋といっていい。

 ここ、東雲市にあった『院』に仕えるために才原家から分れ、原と姓を変えた、その末裔が斎原美雪なのだ。


 僕は斎原の従兄妹にあたるので、才原家とも交流があった。

 そして、その頃の才原未散の印象を一言で言えば、最悪だった。


 とにかく我が儘で、自分が絶対、という奴だった。他人は自分に奉仕するために存在していると本気で思っているような少女だったのだ。

 あれで実は友だちには優しい斎原(どうも僕は友達の内に入っていないらしい)が、彼女を嫌うのは、ものすごく納得できた。


「どういう事だろう、これは」

 他校の生徒をスカウトしてこい、という事なのだろうか。


 理由はすぐに分った。教室の前に人だかりが出来ていたからだ。

 その中心にいたのは長身の女子だった。

「ほ、ほう」

 折木戸が変な声をあげた。

「すごい美人だな。だれだ、あれは」

 ほとんど腰まで伸びるストレートの黒髪。切れ長の目が冷たい印象を与えるが、たしかに他に類を見ないほどの美人だ。


 そしてそのスタイル。

 身長にたいする脚の長さは驚異的だ。この折木戸も高校生離れした手足の長さで、いわばモデル体型なのだが、彼女は折木戸にはないものを持っていた。

 ほとんど斎原に匹敵、いや凌駕しているかもしれないのは、その胸である。

 折木戸、プラス斎原。完璧とは、まさにこのことだろう。


「ここまでいくと、嫉妬する気にもならないな」

 なぜか、よだれを垂らしそうな表情で折木戸が彼女を見詰めていた。

 よし。では、揉んでくるぞ。

 そう言うと折木戸は駆け出した。


「お、おい折木戸。ちょっと待てっ」

 止める間もなかった。


「だから、斎原美雪を出せと言っているでしょ。分らないの、愚鈍な連中ね」

 居丈高にふんぞり返っているその女子の後ろへ、折木戸が忍び寄る。

 たぶんあの方向が風下に当るのだろう。あいつの狩猟本能のなせる技だ。


「あのチビで無能な図書委員だと、何度言わせる気……」

 そこで、沈黙がおとずれた。


 ふにゅ、ふにゅ。そんな音が聞こえそうな、折木戸の手の動きだった。

「おお、これは素晴らしいぞ、がっちゃん」

 折木戸が、僕の方を見て歓声をあげた。


 ☆


 僕と折木戸は、斎原の前で正座させられていた。

「この二人の事は謝ります」

 言葉とは裏腹に、全く頭を下げることなく斎原は言った。

 きっ、と頭ひとつ高いところにある美貌を睨み付けている。


「よく来てくれました。才原未散さん」

 その言葉にも、まったく歓迎の意思は感じられなかったが。


「来たくてきたんじゃない。図書寮の命令だから、断る訳にいかなかっただけ」

 その女子。才原未散は真っ赤になった目をそむけた。

 さっきまで号泣していたのだ。

「しかも、来た早々にこんな目に遭わされるなんて。一体どんな指導をしてるの、あんたもこいつらと一緒に土下座しなさいよ!」


「へえ、強気じゃない。折木戸さん。許可します。……もう一度やっておしまい!」

「え、いいのか、斎原。じゃあ、遠慮無く」

 腰を浮かせた折木戸を見て、才原未散の顔が青ざめた。


「ま、ま、まあいいでしょう。土下座は勘弁してあげるわ。で、何。あたしに図書委員長をやれと、そういう事なのね」


「はあっ?」

 斎原の目がつり上がった。

「何いってるの。私がなんで、未散の下に付かなきゃならないの」


 ふん、と才原があごを突きだした。

「当然でしょ、うちの方が本家なんだから。それに能力だって、あたしの方が、ずっと上だもの。どこに問題があるのよ」

「能力の種類に上下はありません! そんな事も知らないで、よく才原家の後継者なんて言えるわね、あなたは」


「ちょっと、あの。そろそろ足がしびれてきたんだけど」

 僕がおそるおそる申告する。

 放っておいたら、いつまでもこの口論は終わりそうにない。


「「はあん!!」」

 二人から同時に睨まれた。

「……すみません、何でもありません」


「まあ、いいではないか。美女ふたりの喧嘩なんて、そう見られるものではないぞ」

 折木戸、お前は暢気でいいな。




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